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恋愛テロリズム

れん-あい[恋愛] 男女間の恋い慕う愛情。こい。
テロリズム[terrorism] (1)暴力或いはその脅威に訴える傾向。暴力主義。テロ。
(2)恐怖政治。

~「広辞苑 第四版」
(編者:新村 出 発行所:岩波書店 1991年第四版第一刷発行)より抜粋~
[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7]

1.テロリストになる

高校1年9月11日。その日、俺の青春は終わりを告げた。
言ってしまえば、なんてことはない。めずらしくもなんともない話。
そう。

失恋したのだ。

普通に失恋したのならこんなにヘコむこともないのだろう。が、しかし振られた理由が酷かった。
人がめちゃくちゃ緊張しまくって、迷いに迷い、一世一代の決心で彼女を呼び出し心臓バクバク胃潰瘍にならんばかりのストレスに耐えて告白ターイム!!胃を・・・じゃなかった。意を決して「好きです。付き合ってください!」と、月並みの台詞で想いを伝えたわけである。
経験したことのある人なら、この苦痛と恐怖と期待と不安をわかってくれるはずだ。
それはともかく、彼女の反応である。
思い出すだけで再起不能になりそうだが、ここは皆様にわかってもらうために苦痛に耐えつつ再現したい。
上に述べたような状況で返事を待つ俺には、彼女の顔を見るだけの余裕もなかった。
まず、ため息が聞こえた。あきれ返ったような・・・・不安倍増。胃がキリキリ舞い(?)だ。
ストレスで胃がおかしくなるなんて俺には今までなかった経験である。
一呼吸。いやぁ~な空気が流れる。
ダメか?ダメなのか?!と、俺は心の中で繰り返し、彼女の「ごめんなさい」という言葉を想像していた。
彼女の声は、こういう場にはふさわしくないほどアッサリしていて、しかも軽かった。
「私そういうの嫌いなの。恋愛とかってなんかヤだ。めんどいし。」
「へ?」
「だから、私恋愛って嫌いなの。スッパリ諦めて。」
思わず声に出た疑問に彼女は面倒くさそうに繰り返した。
「・・・・・・・・・」
あまりのことに思考回路が完全停止している俺。
「用ってそれだけ?じゃ、私もう帰るね。バイバイ」
軽い。とても軽い足音が遠ざかっていく。何だか良く分からない空気の中に、俺は取り残されていた。

まだ、秋に入ったばかりだというのに俺の心には乾いた冷たい風が吹いていた。
多分、気温は-273℃=絶対零度。こうして、俺の短い青春は終わったわけである。

「そんなに、ヘコむなって・・・・・失恋なんてよくあることだし。相手が悪かったんだって。な?元気出せよ。」
受話器の向こうの吉田の声は果てしなく遠い。
「まあ・・・理由が理由だから諦めにくいかもしれんけど。あ、そうだ!ほら、次の休みに一緒にカラオケ行こうぜ奢ってやるからさ。な?どうよ?」
「・・・・・・・・・はぁ・・・」
俺の深いため息は澱んだ部屋の底にたまる一方だった。
「おーいー。勘弁してくれよぉ。ツライのはわかるぜ?ホントに。いや、マジで。」
「でじま?」
「・・・・・・・・・・・お前、元気なのかヘコんでんのかどっちだよ。」
俺の精一杯の返事に、友人はあきれてしまったらしい。
「ヘコんでる。」
いつもの10分の1以下のテンションに吉田も困っていることだろう。
必死に俺を立ち直らせようとしてくれているようだが、どうもそれは意味のないことのようだった。
しかし、ここで電話を切ってしまうと俺は死んでしまいたくなる気がする。
なんていうか、この電話線が生命線。
携帯を使わなかったのは長くなるから。
「ま、あれだよ。人生これからだって、出会いもいっぱいあるし。こういうね。試練を乗り越えて人間って大人になるわけよ。男前になって堺さん見返してやるとかさ。」
堺さん。その名前に過剰反応している自分が空しい。
「わっかんないよなぁ・・・・・」
俺の口をついて出た言葉は電話線の向こうの吉田にしか届かない。
「は?何?」
「堺さん」
「・・・・・・・・・」
俺の口から出た彼女の名前に、吉田が戸惑っているのがなんとなくわかった。
「なんで、恋愛が嫌なのかなぁ・・・めんどいってさぁ・・・・」
「・・・・・あ、ああ。そう・・・だなぁ・・・・」
返答に困っている友人を尻目に俺はなんとなく思ったことを口から吐き出した。
「彼氏がいるとか他に好きな人がいるとかなら、まだ諦めつくのに・・・」
「う・・・・うん。まあ、ねぇ。でも、そのためには堺さんの恋愛観を変えないと・・・人の考えってそう簡単には変わらないから無理だと思うけど・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
俺の中で長い沈黙があった。それは、とても長い沈黙だった。黙考。
何かが繋がりそうな気がした。
頭の中で、そりゃもうニューロンとシナプスが電気信号を送りまくって音のないモーター音が鳴り響く。
「どした??」
吉田の声が引き金となり、俺は目を見開いた。答えが見えたのだ。
「・・・・それだ。」
「は?」
この決意が、俺の青春を引き伸ばす。終焉に向かっていた青春をギリギリの所で引き止めて俺は自分の方へ引っ張り込んだ。
「俺、決めた。堺友香(サカイユウカ)の恋愛観ってやつと戦ってやろうじゃねぇか!!」
「はあ?!おい!!竜友(タツトモ)!!お前何言ってんだよ?!」
何か言いかけた友人の声を完全に無視って、俺は受話器を置いた。

吉村竜友(ヨシムラタツトモ)16才。俺は戦うことを決意した。
何が何でも堺友香の恋愛観をぶち壊してやる。どんな手段を使っても。
俺の熱い青春は、これからだ。


2. 障害が発生する

次の日の朝、俺のやることは決まっていた。
まず、いつものように接する。ショックを受けたとか、凹んだことを彼女に知られてはいけない。
いかにも、なんでもなかったかのような顔をして、それとなく彼女の恋愛観が曲がってしまった理由を探るのだ。
いわゆる情報収集。諜報活動というヤツだ。
誰だって、最初から「恋愛=めんどい」なんて方程式を立てているわけがない。
彼女にも何か理由があって、そう思っているに違いないのだ。
原因を突き止めれば、意外とそういうのは治るものだと、何かの本で読んだ気がする。
ともかく、原因がわからないことには対策の練りようもないのだ。
(よし。)
心の中で意気込んで、俺は教室のドアを開けた。
堺さんはいつものように早くから学校に来ていて、一時間目の英語の予習なんかをやっている。
俺は、いつものように挨拶をした。
「おはよう。」
堺さんの辞書をめくる手が一瞬止まった。
そして、再び動き出す。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
返事が無い。
挨拶が返ってこない。
俺の頭から血の気が引いていった。
まさか・・・・そんな・・・・。
「おはよー。なあなあ、竜友。お前今日の英語予習やってる?俺さぁ、今日当たり日なのに忘れててさぁ・・・・」
後から教室に入ってきたらしい吉田が俺の背中を叩いて、話しかけてきた。
そして、途中で今の状況を読み取ったらしい。
「・・・・あ。・・・・さ、堺さん予習やってんじゃん!ごめん、ちょぉおっと訳文見せてくんない?」
が、どうやら俺よりは一時間目の英語の方が大事らしい。
「あ、おはよう吉田君。途中まででいいなら、いいよ。」
にこやかに堺さんは吉田には挨拶をした。
「マジで?!うわーありがと。助かるわぁ・・・・・・・はは・・・」
吉田は、俺の視線を気にしながら堺さんの訳文を自分のノートに写していた。

SHR(ショート・ホーム・ルーム)のチャイムが鳴る。
堺さんは俺を完全に無視することに決めたらしかった。
前途、多難。

* * * * * *

一時間目をなんとか終え、二時間目は体育である。
女子は体育館の更衣室へ移動し、男子は教室で着替え始める。
ちなみに、男子はハードル走だ。
吉田はさっさと着替えてしまい、俺の着替えが終わるのを待っていた。
「あんま、落ち込むなよ。」
「いいよな。お前は普通にしゃべれて。」
「ご、ごめんって・・・だって安田のやつ答えられないとうるさいじゃん。」
安田というのは我がクラスのイングリッシュティーチャーである。
「予習やってこなかったお前が悪い。」
「あのなぁ・・・・誰のせいで出来なかったと思ってんだよ。お前が昨日俺に電話してこなきゃやってたっての。」
「・・・・・悪かったな。」
吉田は悪くない。吉田は悪くないのはわかっている。だがしかし、わかっていても腹が立つものは仕方が無い。
ってゆーか、むしろ俺も悪くない。悪いのは俺じゃない。
とはいえ・・・・・・・堺さんが悪いと思えないのが悲しいところである。惚れた弱みといいますか・・・振られたんだけど。
とにかく、やり場のない怒りを吉田にぶつけてしまうのは仕方のないことなのだ。
だってコイツ俺の目の前でシャーシャーと堺さんと話してるし・・・・もっと気遣えよ。
「いや、別にお前を責めてるわけじゃないんだけど・・・・」
吉田は俺の機嫌をとろうとしているらしかった。
「伊達眼鏡。」
とりあえず八つ当たりしておく。
吉田の頬が引きつったのが見えた。
「・・・・まあ、これは確かに伊達だけど・・・・。」
「長髪。」
「お、お前な。八つ当たりもいい加減にしとけよ。」
「女顔。」
次の瞬間。俺は吉田に思いっきり殴られていた。
「人が心配してやってるのに、お前はそんなに死にたいのか。」
いたって真面目な顔で吉田に言われて、俺は素直に謝った。
頭が痛かった。
だって、女顔じゃん。とは思ったが、口に出すのはやめた。これ以上吉田を怒らせても仕方がない。
さて話はそれるが、ここで吉田の女顔について説明しておく。
吉田は身長158cm。私服で歩いていると10中8,9女と間違えられる。
実際、焼肉を食べに行くと自分を女性と偽り女性料金でたべるが、ばれない。
しかし、間違えられるのは嫌なようで、それを防ぐためにつけているのが伊達眼鏡である。
俺は長髪をやめれば、それで大方間違える人は減ると思うのだが、それは吉田のポリシーに反するらしい。
と、吉田の女顔について説明し終えたところで話を本題に戻す。
着替え終わった俺は、痛い頭をさすりながら吉田とともにグラウンドへと歩き出した。
「なんとか話せるようにしないとな。」
昇降口で運動靴を履いているときに吉田が話しかけてきた。
「それができれば苦労しないけどな。」
諦め口調で言った俺に、吉田はため息をついた。
「んー・・・・・俺がなんとかしようか?」
「は?」
俺は吉田の言った意味が一瞬わからなかった。なにしろ想像もしていなかった言葉だったから仕方が無い。
一瞬後にやっと意味を理解し、俺はたぶん瞳をキラキラさせていたに違いなかった。
「マジで?!」
はしゃぐ俺に対してなのだろう、吉田はなんだかあきれたような笑顔を浮かべていた。
「・・・・・ま、ね。放課後まで待ってくれれば、うまぁいことやっとくよ。」
「ありがとう。お前は真の親友だよ。ほんとに。」
俺は吉田の右手をガッチリと両手でつかみ、晴れやかな気持ちで吉田を見下ろしていた。(俺の方が身長が高いからだ。)
「ああ、いいからグラウンド行こうぜ。チャイム鳴るし。」
吉田は俺のほうを見ることは無く、俺の手を振り払って外に出て行った。
「おう!」
そのことは別に気にせずに、俺は吉田の後を追った。
放課後が楽しみだ。


3. 作戦1を実行する

俺は期待と不安でいっぱいだった。昼休みは、考えても仕方がないと思ったのと、これ以上はそのことについて考えるのが辛かったのとで、いつものように、いつもの面子でポーカーをやっていた。
ただ一つ、いつもと違ったのは吉田がいなかったことである。
吉田は、「昼休み中にやることがある」と言って、俺のために動いてくれているらしかった。
堺さんは教室にはいなかった。いつもなら教室で友達とおしゃべりをしているのだが今日は何処か別の場所に行っているらしかった。俺は少しほっとしていた。姿が見えたり声がするとやっぱり気になるし、堺さんが俺に対して放っているオーラというか、なんというか・・・・そういうのが痛かったからだ。
そんなこんなで、今日は運が良かったらしく、勝率8割と幸先のよさそうな結果で、俺はちょっとばかし気分がよくなっていた。
そして、昼休みが終わるころに吉田は教室に戻ってくると、ニッと笑って親指を立てて見せたのだった。
どうやらうまくいったようである。運は俺に向いてきたらしい。
それまで、不安と期待が7:3だったのが2:8ぐらいになった。
だが、これでうまくいったわけではない。ここからが大切なのだ。
俺はどう話そうかといろいろ考えをめぐらすのに一生懸命になって5,6時間目の授業なんて上の空だった。
どう、切り出そうか。それが問題だった。
いきなり「何で恋愛嫌だなんて言うんだよ。」とは、言えない。
「納得できない。」そんな自分本位な。
「堺さんに幸せになって欲しいんだ。」カッコつけ過ぎか。
やっぱり、ここは正直で素直な言葉の方がいいかもしれない。
まっすぐな言葉は、人の心に響きそうな気がする。
でも、言うことは決めておかないとマズイ。告白してあの対応だ。
堺さんなら「用が無いなら帰る。」とか言い出しかねない。
俺は散々考えをめぐらせて思いついたセリフをノートに書き出した。
いくつか言葉を並べて眺める。普段そんなこと考えないものだから言葉もありきたりだ。情けないとは思ったが仕方が無い。
(・・・・・やっぱりコレか。)
「なんで無視するんだよ」。出だしとしてはいいと思う。すこぶる自然だ。
昨日まで普通に話していたのに、告白した途端こんなに対応が変わるとは思わなかった。
実際聞きたいことではあるし、もしかしたら、そこから堺さんの持っている恋愛観を引き出せるかもしれない。
もっとも、まともに答えてくれるかどうかはわからないが、そんなことを言ったら何も出来なくなってしまう。
せっかく吉田がくれたチャンスだ。なんとか有効に活用しなければならない。
ごそごそと周りの生徒が片づけを始める。どうやら授業も終わるらしい。
「きりーっつ。れー」
気だるい授業を終わらせる、やる気の無い学級委員の号令とともにガタガタと音を立て全員立ち上がる。
「ありがとうございましたー」
感謝の念など欠片もないであろう声で習慣的に言って軽く頭を下げる。
顔を上げると吉田が手招きをしているのが見えた。
俺は机の上のセリフを書きなぐったノートを鞄につっこんで吉田の所に行った。
「堺さん階段掃除だから、掃除終わってからな。」
小さな声で言った吉田の視線は堺さんの方を向いていた。
堺さんは同じ掃除班の女子と一緒に話をしながら教室を出て行くところだった。
そのなかの一人、佐々木さんが一瞬こちらを見た。
佐々木さんは堺さんの友達で、二人はだいたいいつも一緒にいる。
佐々木さんは他の人間に気づかれないように小さく頷いた。
それに返事をするように吉田も小さく頷く。
俺はそのやり取りを見て、吉田が昼休みに何をやっていたのかやっと想像がついた。
その集団が教室から去り、姿が見えなくなると、吉田はやっと俺の方を見た。
「ただ、一つだけ言っとくぞ。・・・・これは、まあ俺からの忠告だが・・・・・」
吉田が言いにくそうに口をモゴモゴさせている。
なんとなく、俺も緊張してゴクリと唾を飲む。
「・・・・・後悔するなよ。」
「?」
吉田の言いたいことがわからなかった。意味はわかる。だが、何を今更というのが俺の感想だった。
そんなことは百も承知だ。むしろ、後悔しないために堺さんと話すのである。
「わかってる。」
俺は、少し不機嫌にそう返した。吉田がそんな当たり前なことを言うとは思わなかった。
「・・・・・・・・なら、いいけどな。」
吉田は俺がわかっていないような言い方をした。それが気に障ったが、俺は敢えて何も言わなかった。
こんなところで喧嘩しても仕方が無い。今大事なのは堺さんとどう話すかだ。
それを考えようとして、ふとした疑問が頭をよぎる。
「あのさ・・・・・やっぱり、二人っきりなんだよな?」
俺の質問に吉田は変な顔をした。
「?当たり前だろ。これ以上俺の出来ることはないぞ。」
「・・・だよな。」
堺さんのあの態度を考えると、ワンクッション・・・いや、ツークッションくらいは欲しい気もしたが、仕方が無い。
どんなキツイ事を言われても、何とか会話をしなければならない。ここで負けるわけにはいかないのである。
俺は気合を入れなおして、掃除が終わるのを待った。
本当は朝実行する予定だった作戦その1を実行する。
なんとか実行する。
今週は掃除当番ではない俺と吉田は、しばらく二人で話していた。
教室の掃除が終わると、部活やら何やらで人はポツポツと減り始めた。
教室から人が減るたびに、俺の不安は反比例して増えていった。
階段掃除も終わったらしい。堺さんの班の人も帰ってきて帰り支度を始める。
堺さんは佐々木さんと何か話している。
堺さんは少し機嫌が悪いようである。断言は出来ないが、たぶん俺のせいだろう。
そう思うと、教室にいるのがものすごく嫌になった。っていうか・・・・胃が・・・・弁当が戻ってきそうだ・・・。
「な、吉田。一回出ていいか?」
教室には、まだ数人残っている。全員出て行くまでにはまだ時間があるだろう。
完全に人がいなくなったら堺さんと話すことになる。
怖くなってきた。本当に自分は堺さんとマトモに話せるのか?
吉田は、俺の顔色が悪いのを察して頷いてくれた。
俺は吉田と一緒に教室の外に出た。
廊下の空気がすがすがしい。俺は大きく息を吐くと、深呼吸をした。
「ダメだ。やべぇ。胃がもたないかもしんね。」
早口に言った俺に吉田は苦い顔を向けた。
「しっかりしろよ。昨日の電話の勢いはどうした。戦うんだろ?堺さんの恋愛観と。」
「・・・・いや、でも冷たく『死ね』とか『うざい』とか言われたらどうしようとか思うと・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・いや、さすがにソコまでは言わないだろ。」
「でも」
「でもじゃねぇ。」
吉田の左アッパーは見事に俺の顎を貫いた。
吉田の腕が上に伸びきったところで威力は0になるので、たいしたダメージは無いのだが。
「俺がコレだけお膳立てしてやったんだ。佐々木さんにも手伝ってもらったし。ここでお前が『ごめんなさい、出来ません』なんて許されると思ってんのか。ボコボコに言い返されても、完全無視されてもいいから言いたいこと言ってこい。」
吉田は、とりあえず冷静だった。とにかく冷静だった。そして、残っていたクラスメイトが教室から出て行くのを見送る。
たぶん、あれが最後の一人だ。
「お前ならできる。しっかりしろ。確かにお前は口が達者ではない。でも熱い魂を持っている。だから大丈夫だ。堺さんもきっとお前の話を聞いてくれる。いいな。大丈夫だ。俺が言うんだから大丈夫だ。」
吉田は俺の目をまっすぐに見て、まるで催眠術でもかけるように何度も繰り返した。
実際にそれは何らかの効果はあった。自己暗示に近い。でも、他人に言われているからやっぱり催眠術か?
そんなことはどうでも良くて、俺は少しだけ自信を取り戻した。
「わ、わかった。出来るだけのことはやってくる。」
俺は拳を強く握ると、本日何度目かの気合の入れ直しをした。
俺が教室に入ろうとしたそのとき、教室のドアがあいた。
佐々木さんだ。
「ちょっ・・・・・・・」
言いかけて、俺が教室に入ろうとしていたことに気づいて言葉を切る。
俺は、堺さんのいる教室へと足を踏み入れた。

堺さんは窓の外を眺めていた。
話しかけにくい空気が教室を満たしていた。
俺は、とりあえず窓際にいる堺さんの方へ歩み寄る。
とは言っても、俺がたどり着いたのは堺さんのいる窓の隣の窓である。
堺さんとは2mほど距離がある。
これが、俺と堺さんの距離なのかもしれない。なんとなく、そんなことを思う。
俺は、息を吸うと教室を満たしていた空気を壊しにかかった。
「あのさ・・・」
「最低。」
俺の壊した部分は、即座に堺さんによって作り直された。
さ・・・・・最低って・・・・俺、何かしましたか?
言いたかったが、声にならなかった。
「友達使わなきゃ話すことも出来ないわけ?」
堺さんは平和な会話などする気はないようだった。すでにバリバリの戦闘態勢である。
しばし硬直してしまったが、俺はここで負けるワケにはいかないことを思い出した。
「い、いや・・・だって・・・」
無視したのは、そっちじゃないですか。と言いたかった。
「私断ったじゃない。まだ、何かあるわけ?もう一回考えてくれとか言うつもりじゃないでしょうね?言っとくけど何回考えても同じだから。」
そして、俺には何も言わせる気が無いらしい。
もう一回考えてくれなんて俺は思ってない。目的は似たようなことかも知れないが、俺が言いたいのはそんなことじゃない。
「俺別に・・・・」
「大体、恋愛なんてくだらないことに躍起になって、人を巻き込んで恥ずかしいと思わないわけ?」
くだらない。だと?
堺さん・・・・いや、堺は俺のほうは見ていない。窓の外を眺めながらトゲだらけの言葉を俺に投げつける。
「ざけんな。」
俺の中で何かがプチンと音を立てて切れた。堪忍袋とやらの緒だったかもしれない。
「くだらなくねぇよ!・・・・いや、くだらなくたっていいよ!恋愛に一生懸命で悪いのか?!え?恥かいたっていいよ。俺は!」
俺は大声で叫んでいた。
いきなりだったので、堺は驚いてこっちを見た。
そして、唖然としている。まさか、こう来るとは思っていなかったのだろう。俺も予想していなかったが、言葉が止まらない。
「思い上がんなよ。誰かもう一回考え直してくれなんて頼むか!」
俺は言いながら堺の方にズンズンと歩いていった。もう、好きな人とかどうでもいい気分だった。
腕一本分。それが俺と堺友香の距離だった。
俺はビシッと右腕を伸ばしその人差し指で堺友香を指していた。
「堺友香。てめぇのその曲がった恋愛観、俺がぶち壊してやる。」
俺は、それだけ言うと自分の荷物を引っつかんで教室を出た。
外には吉田と佐々木さんがいた。
二人とも唖然としていた。
「帰るぞ、吉田。」
「・・・あ、ああ。」
俺は吉田を待たずに廊下を歩く。後ろから吉田がついてくる。
「あれでよかったのか?」
不安げに言った吉田は見ずに、俺は頷いた。
後悔なんてしない。絶対に。



4. 反撃を受ける

前言撤回。俺はひたすら後悔している。
何で勢いであんなことを言ってしまったのだろう。
「ううううう俺の馬鹿ぁ・・・・」
誰もいない自分の部屋で、俺はベッドの上で頭を抱えてのたうっていた。
俺は別に敵対したかったわけではないのだ。ここは誤解しないで欲しい。
俺が戦いたかったのは"堺さんの恋愛観"であって堺さんではない。
堺さんとは仲良くしたいのだ。
もう、遅いけど。
泣き言を言っても仕方がないのはわかっていても、言わずにはいられない。
違うんだ。だって違うんだ。俺はもっとソフトにフレンドリーに堺さんとお話して、なんかそうなってしまった原因とかを探りたかったのだ。だが、現状は俺の考えていた結果と全く違う。
作戦は完全に失敗に終わった。
吉田の忠告は正しかったのかもしれない。
そうは思っても俺にも意地がある。なので、最近は吉田には電話もメールもしていない。
とりあえず、状況を説明しておく。
宣戦布告をした次の日の朝。
俺は、再び堺さんに何気なくを装って挨拶をした。リベンジというやつだ。違う気もするが、とりあえず、そんな感じだ。
また無視されるかと思ったので、かなり怖かったのだが、堺さんは笑顔で返してくれた。
笑顔で。
満面の笑みで。
さあ、どうしたの?私の曲がった恋愛観をぶち壊すんでしょう?やってみなさいよ。ほら。
そんな挑戦的というか、嘲笑的というか、余裕を笑顔の裏にひしひしと感じた。
正直怖かった。背筋に悪寒がはしった。女の人怖い。マジで怖い。こういう態度とられると怖い。
彼女の考え方を変える自信もなくなりそうだ。
吉田もそんな堺さんの発する空気を察して、引きつった笑いを浮かべてはいたが「完全無視よりはマシなんじゃね?」と言った。
そうなのか?はたしてそうなのか?どっちもどっちな気はする。マシと言われればマシな気はする。
だが・・・・でも・・・・・だって怖い。
で、俺の勢いは完全に失速しているわけである。
そんなわけで、なにも出来ない日々が続き週末となってしまった。
「くそぉ・・・・」
うつぶせになると息がしにくい。
枕から家の風呂場にある無機質なシャンプーの匂いがした。
堺さんの枕はきっといい匂いなんだろう。
一度だけ近くを通ったら髪からすごくいい匂いがしていたのを覚えている。
いい匂いがして、やわらかくて・・・・・・・・
携帯がけたたましい音をたて、メールが届いたことを知らせる。
「うおっ!」
俺は飛び起きて、俺の隣に放り出された携帯を開く。
「誰だよ、畜生・・・・」
小声で言ってメールを受信すると吉田からだった。
内容は「明日遊びに行かんか?」とかいうものだった。
普段ならこんなメールはしない。たぶん、前に言っていた俺を励ますための吉田なりの行動なのだろう。
俺は「行く」とだけ返して、さっきの状態に戻った。
「・・・・っ」
寝返りすると、笑いがこみ上げてきた。
俺は何を悩んでいるのだろうか、無意味だ。
後悔も無意味だ。
さっき考えていたことの続きを考えようとして気づいた。
結局、無視されても、怖くても、俺が堺さんを好きなことに変わりは無い。つらい事実なのかもしれない。
それでも、どうしようもない事実なんだと思う。
吉田からメールが返ってきて、明日は1時に駅の改札で会うことになった。
俺はそのメールを見ると、一週間分の疲れを癒すべく眠りに着いた。


* * * * * *

俺が一時過ぎに駅の改札に着くと、吉田は軽く右手を上げて「よ」と言った。
「すまん。遅れた。」
「いや、お前にしちゃ早いほうだろ、5分くらいなら。」
吉田は眼鏡をかけていない。伊達だからなくても困りはしない。ただ、女と間違えられやすくなるだけで。
吉田の私服は正直、男か女か微妙にわかりにくい。
たぶん狙ってるんだろうけど。
「で、カラオケ奢ってくれるんだろ。」
「は?何?竜友くんは女の子に金払わせるわけ?」
当然奢ってもらえるつもりでいた俺に、吉田はとんでもない返事をした。
「いや、お前は男だろ。」
「何?」はこっちのセリフなのだが、吉田はそうは思っていないらしい。「え~」とか言っている。
こいつ本当に意味不明だ。
「吉田さぁ・・・・女に間違えられるの嫌なのかいいのかどっちなんだよ。」
「嫌だけど、時には便利だと思っている。」
「・・・お前ホントに都合いいよな。」
「たぶん、これも天性の才能であると主張させてもらう。」
俺はあきれて短いため息をついた。
「あっそ。で、何処行く?」
「休日はカラオケ高いだろ。だからゲーセン」
「いくら奢ってくれる?」
吉田は眉をひそめて少し考え込む。
「・・・・・・・・・・・・・500円までな。」
そんな会話をかわし、俺達は駅前のゲームセンターへ向かった。
歩きながら結局俺は、堺さんの話をしていた。吉田は特に何も言わずに適当に相槌をうっていた。
「だから、これからどうしようかって話でさ。なんとかそのギスギスした空気をやわらげたいなぁ~と思うのよ。」
俺は話すのに一生懸命になっていて回りが見えていなかった。
「なあ、おい。」
それまで相槌をうつだけだった吉田が急に口を開いた。
「?なんだよ」
吉田は前方を凝視していた。
俺は吉田の視線を追って、その先に目をやる。
前を向いた次の瞬間。俺の目の前に堺さんがいた。見えたのは一瞬だった。
「へ?」
声に出すのとほぼ同時にパシンと景気のいい音がして俺の左頬に激痛が走る。気づくと俺は右を向いていた。
何が何だかわからない。
吉田の口が半開きだ。全く持ってしまりがない。
俺は痛む左頬に手をやり、ゆくっりと正面を向く。
堺さんがいた。
よく見ると、その後ろに佐々木さんもいる。
堺さんの表情は冷たかった。氷のように冷たい怒り。
「あ、堺さん」
俺はそう言っただけだった。
堺さんは何も言わずにくるりと踵を返し、走り出した。
「信じらんない・・・最低・・・・」
残された佐々木さんが小さな声で言った。
???俺が何かしましたか?だって駅前を友人と歩いてただけじゃないですか。
ダメなんですか?それが?
佐々木さんも堺さんの後を追って走り出そうとしたそのときだった。
「佐々木さん、ちょーっと待ってくれませんかぁ?」
吉田が先に動き、佐々木さんの腕をつかむ。
「たぶん、俺の予想が正しければ大きな誤解です。」
佐々木さんが吉田を見て顔をしかめた。
「・・・・・・・・よ・・・吉田君?」
そして吉田の顔をまじまじと見る。
「はい。同じクラスの吉田君です。ちょっと待ってね。」
吉田は佐々木さんの腕を放して鞄から眼鏡を出してかける。
「ね?誤解でしょ?」
「ええー?!!ウソ!可愛いとは思ってたけど・・・・」
「はっは・・・何か引っかかる単語が聞こえたけど、わかってもらえたならいいや。」
「あ、ごめん。」
このとき、俺はようやく理解した。
吉田は学校で眼鏡をはずすことはない。そのため、眼鏡をかけていない吉田が吉田だということに気づかなかったのだ。
そして、どうも女の子だと勘違いしたらしい。
「っていうことは・・・・友香に説明しないとね。」
佐々木さんが困った顔で息を吐いた。
「お願いします。」
吉田がぺこりと頭を下げる。
「じゃ、追いかけるね。」
佐々木さんはそう言うと、堺さんの後を追いかけた。
そして二、三歩行ったところで振り返る。
「今度ゆっくり話しようね!」
「んん~?はいはい。」
笑顔で言い残した佐々木さんの言葉に吉田は釈然としない返事をした。
佐々木さんが見えなくなったところで、吉田は俺の方を向いて両手の平を合わせて頭を下げた。
「悪い。俺のせいだ。」
誤解は佐々木さんがといてくれるだろうから、そんなことはどうでもよかった。
「いや、いい。それよりさ・・・・これってつまり、嫉妬・・・・・・・?」
俺は未だにヒリヒリしている左頬をさすりながら堺さんの走っていったほうを眺めていた。
嫉妬するってことは、もしかするともしかするかも?
「竜友。顔、ニヤけてる。」
自覚はなかったが、口元が自然とゆるんでいるらしい。
「でも、もしかしたら・・・・さ。」
「いやぁ・・・・・・一概にそうとは・・・・あんまり希望的観測をするのはいかがなものかと。」
吉田は、俺の考えには賛同してくれなかったが、俺はそうとしか考えられなかった。
頬の痛みが何だか嬉しい。
俺は、そんな変な感覚に浸っていた。



5 痛みを乗り越えて


時間はちょっと飛ぶ。
今は月曜日の放課後。なんと、実は俺は堺さんと一緒に帰っていたりする。
プチ二人っきりである。
何故「プチ」かと言うと、俺と堺さんの後方には吉田と佐々木さんが歩いてきているからだ。
何かあったら二人が来て、フォローしつつ距離を置こうという魂胆らしい。
で、なんで堺さんと帰っているかというと、この前の休日の平手打ちのことで謝りたいということらしい。
災い転じて福となすとはこのことである。
スキップでもしたい気分だったが、まさかそういうわけにはいかない。
俺は、あくまでCOOLを装った。
「この前はごめん。千佳から聞いた・・・・あれ、吉田君だったんだね・・・」
ややうつむき加減で堺さんが言った。千佳というのは佐々木さんのことである。フルネームは佐々木千佳。
「いや、いいよ別に気にしてないし。」
半分は嘘だ。別に怒ったりしてるわけじゃないが、気になるといえば気になるのが堺さんが怒った理由だ。
それは最後のお楽しみにとっておいて、俺は堺さんに聞きたかったことを聞くことにした。
「あの・・・さ。前に、恋愛が嫌だって言ってたじゃん。あれ・・・なんか理由とかあるの?」
「なんでそんなこと、あなたに言わないといけないの?」
冷たく切り返してきた堺さんに、俺は一瞬ひるんだ。
あ、そうですか。自分の立場が多少悪かろうとそういう所は関係ないのね・・・強いな。
が、今日の俺はこんなところで引いたりはしない。
「それって・・・何か原因があるってことだよね。」
あくまで冷静に、冷静に。どうということでもないように聞け。
俺は心の中でそう自分に言い聞かせていた。
堺さんは今度は黙り込んでしまった。
あれ?これはもしかして今日の俺ってイケてんじゃないの?そんなことも内心思いながら堺さんの返事を待つ。
「・・・・・・あなたには関係ないでしょ。」
「まあ・・・関係ないけどさ。やっぱり振られた側としては気になるし、それに・・・・」
俺はそこで少し間を置いた。言おうか言うまいか、悩んでいる。そういう風に見せるための計算された間である。
うん、やっぱり今日の俺は冴えてる。吉田に言わせりゃ「アホだろお前」ってとこなんだろうけど、俺は多分冴えてる
そんな根拠のない自信があった。
「振られたとはいえさ、好きな人には幸せになって欲しいと思うもんじゃないかな?このまま、堺さんがずっとその・・・
恋愛が嫌だとか、めんどいとか思ってるのって、あんまり幸せなようには思えないし。」
よし、言えた。今日の俺はカッコイイ。半ば自己暗示的にそう思い、俺は堺さんに見えないように小さくガッツポーズをとった。
堺さんをチラッと見ると、未だにうつむいたままである。
何も返してくれないので、ちょっと不安になりながら俺は続けた。
「でも、堺さんがそういうの抜きで、やっぱり俺のことそういう風に見れないっていうなら、俺、ちゃんと諦めるし、
その・・・・」
そこで俺は言葉に詰まった。次、何言えばいいんだ??
「他の人、好きになるの?」
堺さんの声に心臓がはねる。
思いも寄らぬところでしゃべられると、結構びびる。
「え?」
何だかよくわからずに、とりあえず聞き返す俺。
「私のこと諦めて、他の人好きになれるの?」
堺さんの意図が汲み取れない。俺はどう答えりゃいいんだかわからずに、段々自信がなくなってきた。
「いや、えと・・・・そういうことになる・・・・かもね。」
「その人にも振られたら?」
「え?」
「その人にも振られたら、また諦めて違う人を好きになるの?」
俺は困った。そんなこと考えたことがない。確かに、そういうことになると思う。
でも、だからそれが何だって言うんだろうか。
「多分・・・・」
「で、またその人にも振られたら、諦めてまた別の人を好きになるの?」
「う・・・・・うん。」
「それでも振られたら?」
繰り返されているうちに、段々俺は弱気になっていた。
そんな何度も振られ続けて、実際次に人をまた好きになれるだろうか?
さすがの俺でも嫌になるかもしれない。
俺は黙りこんでしまった。
「好きになってくれない人なんて好きにならなきゃいいのにって思わない?」
「う・・・・」
俺は反論できなかった。確かに、思いそうな気はする。でも・・・・・
「・・・それって、今の状況と関係あんの?」
俺に言えた精一杯の言葉はコレだけだった。
堺さんはうつむいたまま答えた。
「逆も同じよ。私が好きになれない人が私のこと好きにならなきゃいいのに。」
堺さんの奥に潜む暗い部分が見えた気がした。
俺は何も言えなかった。反論したかったが、言葉が形にならない。
不定形なまとまりきらない言葉が俺の腹の中を暴れまわっていた。
喉まできているのに、言葉にならないから声にもならない。
「だから、面倒くさいの。友達っていうなら別にいけど、そういう気持ち私に向けないでくれる?」
堺さんは顔を上げた。俺のほうは向かない。前を向いたまま。
「でも・・・」
とは、言ってみたものの続く言葉は未だに形を成さない。俺は立ち止まってしまった。
「放って置いて。」
短くそういうと、堺さんは歩みを速めた。
俺から遠ざかっていく、後ろから2つの足音が近づいてくる。
吉田と佐々木さんだ。
佐々木さんは何も言わずに俺の横を通り過ぎて堺さんの後を追う。
吉田が俺の腕を引っ張った。
「おい、大丈夫か?」
俺は堺さんの後ろ姿をじっと見ていた。
両の手を強く握ると、腹の中で暴れていた言葉達がとうとう耐え切れずに、形にならないまま俺の口から飛び出した。
「俺、ヤダ。そんなの!違うと思う。俺は、好きになるから。何回違う人に振られたって、また人を好きになるから!」
「竜友!」
吉田に抑えられながら、俺は堺友香に向かって叫び続けた。
「そのまんまでいい訳ねぇよ!辛くたって、苦しくたって、傷ついたって、俺、好きになるのやめないから!」
堺さんは交差点を右に曲がり、もう見えなくなっていた。
それでも俺はやめなかった。断片でもいい。なんとか、届いてくれ。
「絶対、やめないからッ!!」
「竜友!落ち着け!!」
堺さんが曲がった交差点の青信号が点滅していた。
一通り口から吐き出して、俺はやっと叫ぶのをやめた。
「放って置けるかよ・・・・」
小さく残った言葉を吐き出すと、唇を噛む。
信号が赤に変わった。止まっていた車が動き出す。
握った拳の中で爪が手のひらに刺さって痛かった。
吉田が心配そうに俺を見ていた。
「帰ろう・・・・な?」
立ち止まっていた俺に、吉田はそう言った。
「ああ。」
他のどんな言葉より、素直に聞けた気がする。
俺は頷くと、吉田と歩き始めた。
堺さんが曲がった交差点。信号が青に変わり、俺と吉田は横断歩道を渡った。
「さっき、佐々木さんから聞いたんだけど。堺さん・・・さ、中学のときに2回振られてるんだって。あんまり詳しいことは聞いてないけど。その、振られた理由がさ、なんか二人とも同じような理由だったらしくて・・・そういうのも、原因っぽいよ。」
吉田が教えてくれたが、別にそんなことはどうでも良かった。
「たかが二回かよ。」
俺は、自分の不甲斐なさとか、情けなさとかにイライラしていた。
確かに、二回とも同じ理由で断られたらつらいかもしれない。
でも、たかが二回で好きになることをやめてしまうなんて、俺には考えられなかった。
他にまだ理由があるのかもしれない。
俺はまだ、諦めない。



6. 瞳の奥に

あれから、しばらく俺は遠くから堺さんを眺めていることが多くなった。
なんとかしたいが、何をどうしていいのかはわからない。
俺が何も言わないから、吉田もそのことには触れない。
佐々木さんは、たまにこちらを見ている。
堺さんが俺を見ることはない。
他の友人と話していても、授業を受けていても、堺さんのことは気になっていた。
自分が情けなかった。遠くから眺めて、なんとなく声を聞いたりしている自分が情けなくてしかたなかった。
俺がもっと大人だったら、もしかしたら何か方法を思いついたのかもしれない。
俺がもっと子どもだったら、何も考えずに突っ込んでいけたかもしれない。
そんなことを思うと、高校生って微妙な年齢だと感じてしまう。
そんな状態で、1週間を過ごし、俺はあることに気づいた。
今までは気づかなかったことだ。距離を置いてみて、自分から離れようとしてみて始めて気づいた。
堺さんが驚くほど楽しそうに話している瞬間が何度かあった。
周りの声に消されているが、いくつかの単語は聞き取れる。
その単語に共通しているものがある。放課後、図書館、陸上部。
堺さんは放課後よく図書館にいる。これは、前から知っていた。
なにやら、図書館の先生と仲がいいらしい。
図書館からはグラウンドが見える。そこには、当然部活をしている運動部がいる。
サッカー、野球、陸上部もいる。俺は、気になって仕方がなかった。
そして、今日。俺は図書館に行くことにした。
一人で、である。さすがに吉田に「一緒に来てくれ」とは言えないし、言いたくない。
今まではそんなところには行かなかった。だって、ストーカーみたいだし・・・・・。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
と、いう訳で、俺は若干「これってストーカーなんじゃ・・・・」なんて不安を抱えながらも図書館に向かうのだった。
こうなってみて思う。ストーカーと片思いの境目ってどこなんだろう。
俺は、まだ片思いで済んでいるのだろうか。
ストーカーだったらどうしよう・・・警察に捕まってしまう・・・・
いや!そういう問題ではないのだ。
俺は、とある予想を元に、その予想があたっているのか確かめたいだけなのだ。
断じてストーカーなどではない!
図書館で、俺は何気ない風を装うために古典の本の置いてある棚に向かう。
古典の現代語訳を探しに来たことにしよう。そうしよう。
今やっている、平家物語の現代語訳を図書館でゲットして、授業で楽をしようという魂胆なのだ。
そういうことにしておこう。うん。
並んだ本の背表紙を見るふりをして、俺はチラチラと堺さんの様子をうかがう。
堺さんはグラウンド側の窓際で、佐々木さんと話している。
その視線はたまにグラウンドを向く。
不自然なほどに。
この光景。どこかで見た。
なんとなく見た。こういう人を俺は知っている。
何をやっても上の空で、いつも何か気にしている。
誰だっただろうが?良く知っているはずなのに見た記憶はない。
俺は思い出せないのが気に障って、必死で頭の中をひっくり返しては、答えを探していた。
実際はほんの数十秒だったかもしれないが、俺は10分くらい悩んだ気分だった。
そして、ふいに答えにたどり着く。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・俺だ。
そうだ、俺だ。いつだって、ぼーっと堺さんを見ている。
堺さんの目を見る。視線の先は見えない。でも、何を見ているのか、俺はわかってしまった。
満ち足りた笑顔。やわらかい視線。でも、熱のある視線。
俺と同じ。でも、ちょっと違う。俺は上を向いて息を吐いた。
そういうことか。辛いな。

俺のすることは決まった。
俺は、現代語訳探しのフリをするのをやめた。必要なくなったからだ。
そして、堺さんの方へ歩き出す。
初めから、そう言ってくれればよかったのに。
そうすれば、俺は諦めたのに。
俺は、そんなことを考えながら堺さんとの距離を徐々に詰めていった。
佐々木さんが俺に気づき、気まずい顔をした。
「何、見てるの?」
俺は、堺さんに声をかけた。その言葉は、すんなりと口から出てきた。
こんなに自然に話したのはいつぶりだろう。
告白するまえは、こうやって普通に話していた。いや、ちょっと違うか・・・少し緊張しながら普通っぽく話していた。
だから、もしかしたら自然に話せたのはこれが初めてなのかもしれない。
堺さんは俺の声に振り返り、あからさまに嫌そうな顔をした。
・・・・いや、そんな明らかに嫌な顔しなくても。俺はちょっぴり傷ついた。
「何?」
警戒している堺さんを通りすぎて、俺は窓の外を見た。
陸上部が走っていた。
あの中にいるのか。
「堺さん・・・・さぁ。好きな人、いるでしょ。」
言ってから、酷く自分が滑稽に思えた。
こんなこと、確認してどうするのだろうか。それで、納得いくのだろうか。
いや、たとえ出来なくても、せざるを得ない状況になる。それでいいのだ。
「別に、いない。」
冷たい堺さんの声。佐々木さんが気まずそうに俺と堺さんを交互に見ていた。
「・・・なら、いいけど。いるなら、言った方がいいよ。スッキリするし・・・・その、俺が言っても信じてもらえないかもしれないけど、きっと、言わないより、言った方がいいよ。結果はどうあれ・・・さ。」
堺さんは何も言わなかったが、俺は続けた。
「俺、別に後悔してないから。堺さんに、言ったこと。ちょっとだけでも、わかったし。ちゃんと諦めるから。」
搾り出した言葉はなんだかふわふわしていて、自分が言っているという実感も湧かなかった。
「・・・・・ごめん。じゃあ、俺帰るから。もう・・・・・・・・・邪魔、しないよ。」
言い切って、俺は図書館の出口へ向かった。
湧かなかった実感は、帰り道、あのとき堺さんが曲がっていた交差点で信号待ちしているときになってようやく胸の奥に溜まり始め、じわじわと広がっていった。
赤信号が青に変わる。渡りきったところで俺は振り返ってしまった。
変わらぬ青信号と、微妙な時間のため人気の少ない通学路が霞んで見えた。
結局俺は負けたんだろうか。堺さんの何も変える事は出来なかったのだろうか。
やれるだけのことはやったさ。
俺は自分に何度も言い聞かせて、教科書もろくに入っていないのになんとなく重い鞄を引きずるように持って家に帰った。
別に報告する必要はないといえばないのだが、色々手伝ってもらっていたので吉田に連絡した。
「すっぱり、諦めることにしたよ。」
俺が言った後、吉田は言葉を失ってしまったらしく何も言わなかった。
十秒ほど経ってからやっと、「そうか」と言ってまた黙ってしまった。
俺は、適当にしゃべって電話をきった。
口に出してみると、ますます切なくて俺は早く電話を切ってしまいたかった。
堺さんから話かけてこない限り、俺は堺さんと口を利かないことを決めた。
気持ちが落ち着くまでは、やっぱり離れていたい。中途半端なことをしたら辛いだけだ。
泣いてしまいたいのに出てこない涙が恨めしかった。
振られたときより、ダメージは大きかったように思う。


7. そして歩き出す

あれから、また一週間。生気の抜けた毎日を、俺はぼんやりと過ごしていた。
何にも手がつかない。何をしていても、何を言われても、どうでもいい気分だった。
例えば、今から第三次世界大戦が始まるといわれたって、本当にどうでもいい気分だった。
どっちにしても、俺にとって世界は崩壊してしまったようなものだった。
同時に、いつまでもそんなことを言っていられるわけじゃないし、いい加減立ち直らないといけないことも知っていた。
人といるときは、なんでもない風を装っているつもりだが、それも何処まで通用しているのかわかったもんじゃない。
1日1日がやけに長い。
まだ一週間しか経っていないなんて信じられなかった。もう1ヶ月くらい経っている気がする。
どんなに立ち直ったつもりでも、ふとした瞬間に意識はどこか遠くに飛んでいってしまう。
それを意識しないために、いつもはしない授業の予習だとか、課題を真剣にこなしている自分がいる。
それが逆にむないしことも知っていた。
でも、それ以外どうしていいのかわからない。
そんなぼんやりとした意味のない毎日を送っていた俺に日直当番が回ってきた。
俺が、何の意味もない面白くもない学級日誌を書いているうちに、吉田は用事があるとかで帰ってしまった。
薄情者め。
最近やけに重くなった鞄を担ぎ、書き終えた学級日誌を職員室に持っていくと俺は昇降口に向かった。
毎日毎日重い足を引きずって、学校に行っては意味があるのかどうかも分からない授業を受け、また重い足を引きずって家に帰る。
人生の意味ってなんなんだ。俺の生きてる意味ってなんなんだ。
無駄に暗い思考になって、夕焼けで赤くなった世界の中でいつもと同じ通学路を歩く。
たかが、失恋だろ。アホか俺は。
本気でそう思っているのか、それとも、そう思い込もうとしているのか。
最近ではそれもわかならい。
救いようのないアホだ。なんとなく、そのことに気づいてしまったが、どうにかする気も起きない。
前方に、自転車を押しているうちの高校の女子と横を歩いている同じくうちの高校の男がいる。
なんだよあれ。カップルかよ。むかつくな。
二人乗りでもして、警察に怒られりゃいいんだ。
・・・・・・・・・・・・・・・・。
そこまで考えて、俺は頭を横にぶんぶんと振った。
いかんいかん。こんなくだらないこと考えてどうするんだ。
ダメ人間街道を歩いてる場合じゃないぞ。
「-ッ!」
大声を上げたい気分だったが、さすがに変な人に見られるのは勘弁だからそこはこらえる。
「どうしたの?」
後ろから堺さんの声がして俺は反射的に振り返った。
聞き間違いじゃなかった。間違いなく堺さんだった。
堺さんは訝しげな顔で俺をみていた。
「嘘・・・・」
俺は自分の見ているものが信じられずに呆然としていた。
俺は夢をみているのか?それともあれか、幻覚?
「さっきから見てたら、頭振ったり、上向いて止まったり何してるの?」
「いやっ・・・あれは、その・・・・ってか、堺さんこそなんだよ!話しかけてくるなんて・・・」
「え?ああ、私はお礼を言おうと思って。図書館から一人で帰るのが見えたから。」
お礼?なんだそれ。しかも、そのために追いかけてきたと言うのか?わからん。
「・・・・・・お礼って?」
堺さんが歩き出したので、俺も続いて歩き出す。
「この前さ、図書室でいろいろあったじゃない。」
「はぁ。」
「でね、あのあといろいろ考えて、先輩に言ってみることにしたんだ。」
先輩?ああ、好きな人って先輩だったのか。誰かまったくわからないけど。
ん?
「?!言ったって何を?」
「え?だから告白。」
いや、確かにそんなことを言った気もする。でも、実際にそうなると結構微妙なこの心境はなんだ。
お礼ってことは、なんだ。成功したのか。そうなのか。じゃあ、俺完全に終わってんじゃん。
なんだコレは、嫌がらせか?イヤガラセなのか?畜生まったく意味がわからない。
「で・・・・・ど、どうなったの?」
怖いが、ここを聞かなければ気持ち悪いことこの上ない。
堺さんは、俺を見て一瞬躊躇したようだった。視線をそらす。
どっちだよ!おい!!
「ん・・・・・断られた。」
堺さんは下を向いていた顔をこちらに向けた。その顔は、困ったような微妙な笑顔だったが、なんとなくスッキリしていた。
「え?じゃあ、お礼って・・・」
「でも、言ってスッキリしたから。まだ、ちょっと元気にはなりきれてないけど、でも、それでも、言ってよかったかなって・・・そう思った。だから、ありがとう。」
なんとなく、じぃ~んとした。
「いや、えと・・・そう。よかった・・・・のかな?」
なんだかよく分からないまま、俺はそう言っていた。
「よかったっていうと変だけど。でも、なんか、頑張れそうな気がする。」
「そっか。」
なんだろう、コレ。もしかして俺にはまだチャンスがあるということだろうか。
妙な期待が頭の中を駆け巡る。
堺さんが続ける。
「いろいろ酷いこととか、言ってごめん。許してもらえないかもしれないけど・・・」
「いや・・・・いい、よ。別に。」
おいおいおい!コレってあれか?マジできたんじゃないの??
期待が最大限に膨らんだところで、彼女の言葉を俺は待っていた。
「じゃあ、これからもいい友達でいようね!」
「え?」
うそぉ・・・・・そんな結末って・・・・・
俺の中ではちきれんばかりに膨らんでいた期待は見事にはじけとんだ。
友達・・・ですか?はあ、とも・・だち。
「は・・・・ははは」
俺の意識とは関係なく、乾いた笑いが喉から漏れてきた。
「?」
堺さんは不思議そうに俺を見ている。
「はは・・・・・・はい」
笑いの最後に俺は肯定の言葉を添えて涙を呑んだ。っていうか、涙も出てこなかった。
どうしようもねぇ。
堺さんはスッキリ、俺は微妙なまま、二人は一緒に歩き出した。
信号のある交差点まで。


* * * * *

「で、お前は自分の好きな娘の背中押して、他の男との恋を応援したわけか。しかも、それも失敗と。」
「ううううう・・・・・・」
俺は、また吉田と電話していた。
「アホだねぇ・・・」
「いいんです。彼女が幸せなら俺はそれで・・・・」
「・・・・・・・・・だから、最初に”後悔はするな”って言っただろ」
「後悔なんかしてねぇよ!」
意地をはっても仕方がない。でも、それを認めるわけにはいかない。
「・・・・・・・・・」
「ああ・・・・俺の青春は終わったぁ・・・・・・・」
吉田は、あきれ返った様子で俺の声を聞いていたようだった。

青春は終わった。でも人生は終わってない。
俺のやったことは無駄じゃなかった。
それだけが、救いだった。



☆おしまい☆


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誰もしないとは思いますが一応・・・ね。