day12:ソツギョウ

春である。まだ、肌寒いがそれでも春である。
別れの季節。
別れというと、なんとなく物悲しいイメージが着いて回るが、洋介にとっては喜ばしいことだった。
別れの季節。わずらわしいドタバタ生徒会長との決別。明るい学生生活。
今日、３月１０日。旅立っていく三年生を見送る卒業式。
本来なら、生徒会長が送辞を、元生徒会長が答辞を読むわけだが、生徒会長を三年生がやっているという異例の事態なので、送辞を読んだのは副生徒会長の河崎洋介だった。
あの生徒会長のために流す涙など一滴もない。本当に迷惑以外かけられた記憶もない。
と、いうわけで卒業式を無事終えた洋介はすがすがしい気持ちでいっぱいだった。
そんな洋介の気持ちを代弁するかのように、空も晴れ渡り、すがすがしい春風がそよいでいる。
今は、卒業式も終わり校舎と正門をつなぐ、まだ花の咲かない桜並木の道でそれぞれ思い思いの相手と話をしたり写真をとったりしている。
洋介は当然、坂本と谷口と一緒にいた。
坂本は後輩達から貰った花束を抱えていた。その中に洋介が形式上渡さなければならなかったので渡した花束もある。谷口は洋介が渡した花束だけを持っていた。
「ご卒業おめでとうございます。本当におめでとうございます。」
洋介は嬉々とした態度でニコニコしながら、そう繰り返していた。
「なんか、そこまで嬉しそうに言われると腹立たしいわね。」
「はっはー、そうですか？」
「しかも、いつもより態度でかいし。」
対して坂本は洋介の態度にご機嫌斜めな様子だ。眉間にしわがよっている。
「まあまあ、そう言わずに・・・・」
こうやって谷口がなだめるのも最後なのだろう。
「谷口先輩も、本当にお疲れ様でした。高校に行ったら、誰かの暴走を気にすることも無くのびのびとハッピーライフをエンジョイしてください。」
「・・・・いやぁ・・・そこまで言われると喜んでいいのやら・・・」
洋介は谷口の手を両手で握っていた。谷口は複雑な表情で洋介と坂本を交互に見る。
「おーい、洋介！」
声がして、人ごみの中から前島が花束を持って現れる。
「あ、ご卒業おめでとうございます。」
卒業生である坂本と谷口に気づき、前島は軽く会釈した。
後ろにいた門田と山本も小さく頭を下げる。
前島が洋介に向き直る。
「部長見なかったか？渡さなきゃいけないんだけど、見つからなくてさ。」
前島は、頭を掻きながら辺りを見回していた。
「さぁ？俺は見てないよ。」
洋介が答えるとほぼ同時に、坂本が口を開いた。
「弓道部の部長なら、昇降口の方でクラスの友達とはしゃいでたわよ。」
「ありがとうございます。じゃあ、そっち行ってみます。」
前島は坂本に頭を下げるとそのまま昇降口へ向かおうとして、一度振り返った。
「高校へ行っても元気に大暴れしてくださいね。活躍楽しみにしてます。」
言い捨てて、全力で走り去る。
坂本は眉間に縦のしわを三本ほどよせて、口をへの字に曲げ、前島たちの走り去った方を見ていた。
「・・・・・・・・・・・これって馬鹿にされてるのかしら。なんだか不愉快だわ。」
「まあ、そう言わずに・・・」
洋介はすがすがしい笑顔で生き生きとして二人の会話を聞いていた。
春の日差しと周りのざわめきが心地よい。
ふいに、不機嫌だった坂本が気づいた。
「そういえば栄地くんはどうしたの？いないみたいだけど。」
「フィレーンですか？」
言われて洋介もハッとした。
そういえば、さっきの前島、門田、山本とはいっしょにいなかった。
「・・・・・・・教室で黄昏てるんじゃないですかね？」
洋介が適当なことを言う。が、実際、そのくらいしか思い当たることはない。
「なんで？」
坂本に聞かれて、洋介は少しだけ考え込んだ。
「・・・仲の良かった先輩っていないだろうし、それに・・・・・・そういうの好きそうじゃないですか、あいつ。」
「・・・どういう理屈ですか。」
半ばあきれ返って谷口がツッコむ。
「あー、でも確かに好きそうよね。うん。じゃあ、栄地くんでも探そうか。」
「はぁ？！」
唐突な提案に洋介はいつものように悲鳴じみた声を上げる。
「さあ、行くわよ！」
坂本の手が洋介の腕をつかむ。洋介が条件反射的に坂本の目を見るとその目の奥ではいつものように何かが光っている。続いて嫌な予感。
「やっぱり、こうでなくっちゃね。」
ニヤリと笑みを浮かべた坂本が小声でつぶやいた。
「え？」
「Go!」
洋介が聞き返す間もなく、坂本は走り出した。
洋介は引っ張られ、谷口も走り出す。
「どおぉぉぉお？！会長！！おかしいですよ！たいして年も違わない男引っ張れる女子中学生って変ですよ！！」
「あー細かいことは気にしない気にしない！あんまりしゃべると舌噛むわよ。」
「結局、卒業式もこんな感じなんですねぇ・・・」
完全に諦めた口調で谷口が言った。
「めざすは校舎3階、2年2組！」
昇降口で止まることなく、三人は外履きのまま校舎内に入っていく。
中央の階段を駆け上がり、三階に着いたところで右に曲がる。
2年2組。
ここまで一気に走ってきたのでさすがに坂本の息も切れている。
洋介は、体力うんぬんよりは精神的にキツかったらしくぜーはー言っている。
谷口は息が弾む程度だった。
教室のドアを開けると春の昼下がりののほほんとした空気と、昼間の教室ではめったにない人気のない静かな空間が出迎えてくれた。
その一番窓際前から四番目の席でフィレーンは窓の外を眺めていた。
外からは、別れを惜しみながらも卒業というイベントを楽しんでいる人々の声が聞こえてきている。
「ほら、俺の言ったとおりでしょ？」
息を切らせながら、洋介が言うと、フィレーンは3人に気づいたらしく教室の入り口に顔を向けた。
「私の卒業も祝わずに教室で一人黄昏てるっていうのは、どうゆう了見かしら？」
坂本の発した言葉にフィレーンはぽかんとしていた。
いつもは締まった顔が口が半開きなため間抜けに見える。
「たいして仲良くなかった、なんていわせないわよ。」
坂本はつかつかとフィレーンの前に歩いていき、フィレーンの目の前にびしっと右手人差し指を突きつけた。
「あ・・・・卒業おめでとうございます。」
唖然としたままのフィレーンが、ちっともめでたくなさそうに言う。
坂本はそれで満足したらしく、ニッと笑った。
「あなたに頼みたいことがあってね。」
「何ですか？」
「河崎くんをお願いしようと思うのよ。」
即座に答えた坂本の発言内容に驚いて、洋介はその会話に止めに入った。
「ちょっと待って下さい！どうして俺がコイツに面倒見てもらわないとならないんですか？！」
洋介の反論は無視され、空しく消えていく。
「一年半も生徒会をやっているとはいえ、河崎くん一人だとやっぱり不安だし。」
坂本はそのまま話を続ける。
「そうですか・・・では、僕ができるだけのことはやります。」
フィレーンも乗ってきてしまった。
「ん・・・・・？会長、ちょっと待ってください。なんだか会話の内容から嫌な予感がするんですけど。」
洋介の言葉は完全に無視され、谷口は静かに見ている。
「ありがとう。」
坂本が真剣にそう言い終えると同時に、坂本とフィレーンが同時に洋介を見て、それぞれ洋介の肩を軽く叩いた。
「がんばってね、次期生徒会長！」
「がんばれよ、次期生徒会長！」
二人はわかりあえたらしく、無意味にうそ臭い感じでひとみをキラキラと輝かせて洋介を見ていた。
「うそぉ・・・」
洋介が小さくつぶやいて二人のキラキラした瞳を交互に見る。
「新生生徒会の誕生よ！！」
「明日の学校は僕らが創ります！」
坂本はかなり本気だった。
フィレーンはノリで半分洋介への嫌がらせだった。
谷口はドアの所で少し困った顔で暖かく見守っていた。
洋介は完全に置いてけぼりだった。

「いーやーだーーーーーーっ！！」

人気のない校舎に洋介の叫びがこだまする。
その叫びは外のざわめきに吸収され掻き消える。
たとえありふれた日常に埋もれていようと、洋介が苦労することに変わりはない。

[day12: ソツギョウ ]END

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