day11：ブンカサイ

クラスメイトがワクワクしているのをよそ目に、洋介は去年同様沈んだ面持ちだった。
昨日のこともあるといえばある。前島や門田にも話したのだが、まったく信じてもらえなかった。
唯一、山本が信じてくれたのだが、山本は「見える」人だったらしく「男子トイレの方は知ってたけど」とか、不吉なことを言っていた。
どうやら、男子トイレにもなにかいるらしい。

それよりも、毎年恒例となってしまった生徒会役員で文化祭を回るというのをやめて欲しい。
洋介はそう思っていた。
生徒会役員と言っても、結局生徒会長と副生徒会長の三人で行くのだが・・・
「あ、いたいた！河崎くん、早く行こー！」
洋介の耳に聞きたくも無い、能天気な声が飛び込んできた。
「じゃ、俺達は俺達で楽しむから、お前は頑張れよ。」
山本が薄情なことを言う。
「お前と一緒に回りたいのは山々だが、俺らにどうこうできる人じゃないし。」
前島が多少は気遣ったらしい言葉を吐く。
「俺たちも命が惜しいから。」
門田は本当に正直だ。
「僕は一緒に回っても構わないよ。」
「え？！」
フィレーンの言葉にその場にいた全員が驚愕した。
「栄地、やめたほうがいいって。マジで、これは本当に命に関わるから。」
真剣な顔で前島が言う。
「ああ・・・・ま、いいんじゃない？栄地なら大丈夫でしょ。属性が会長よりだし。」
山本は少し考えてからお気楽発言をした。
「いや・・・・・・あのさ・・・・それって、俺の被害が増えるだけなんじゃ・・・・」
洋介がポロっと言ったそのとき、後ろから会長が顔を出した。
「被害って何？」
「うわぁ？！！」
恐怖に顔を引きつらせた洋介を眺めて、坂本生徒会長はため息をついた。
「さっきから呼んでたのに気づかなかったの？」
「い、いえ。聴こえてはいましたが、生存本能が拒絶反応を・・・・」
「・・・・・・。」
坂本が冷たい目をしていた。
「あ。」
洋介は自分の失言に気づいた。
「えーと、山本君だっけ？柔道部員連れてきて。」
「はい。わかりました。」
坂本の命令に即座に応え、山本が3組の柔道部員を呼びに行く。
「こら待て山本！この薄情者！！」
洋介が叫ぶが、山本は止まらない。
「坂本さん・・・・その辺りでやめましょうよ。」
ここまできて、ようやく後ろに控えていた谷口副生徒会長が口を開いた。
「山本君。行かなくていいですよ。」
「はい。」
谷口に言われて、山本はくるりとこちらに向き直った。
谷口が洋介の隣に来て小さな声でつぶやく。
「今年だけの辛抱ですから。」
「うう・・・・はい。」
「僕は来年もいるけどね。」
ヒソヒソ話を聞いていたフィレーンが洋介のささやかな明るい未来をつぶしにかかる。
「た、谷口先輩！！」
なんだか泣きそうになりながら洋介は谷口にすがりついた。
「・・・いえ、そんな顔されても・・・・僕だって三年間坂本さんと一緒にいましたし。苦労は身にしみて良くわかりますが。」
ちょっと困った顔で言った谷口を、洋介は心底尊敬した。
そうか、そういえばこの人三年間もこのハチャメチャ生徒会長の相手してきたんだ。
そして、尊敬と共に同情もする。
「あのね。そんなところでワケのわからない男のドラマ展開されても困るんだけど。」
当の本人は、自分が元凶であることなどきづかずに不機嫌顔である。
「じゃ、俺達クラスの当番なんで。」
前島と山本が、もう関わりたくないと思ったのだろう、そそくさと去っていく。
「じゃ、俺も。」
門田も二人に続いて去っていく。
残ったのは、洋介、谷口、坂本の生徒会の面々と栄地フィレーンだった。
洋介の憂鬱な文化祭が始まる。

＊＊＊＊

なんといっても、やはり見所は三年生の出し物だろう。
教室の展示も大掛かりだ。教室の前に長蛇の列が出来上がっている。
「1年は4組のが面白かったけど、他はいまいちね。まあ、毎年そんなもんだけど。」
その長い列の真ん中あたりに洋介はいた。
その隣にいるのは谷口だ。
列から外れたところで、他の展示の話をしているのが坂本だった。
フィレーンもフィレーンで適当に楽しんできたらしい。プードルの風船なんか持っている。
「まだ、もうちょっと順番回ってこなさそうね。」
坂本はそう言って小さくため息をつく。
洋介はうんざりしていた。
（ため息をつきたいのはこっちだよ、どんだけ待ってると思ってんだ・・・）
「うーん・・・・今度は部活の方も見てこようかな。谷口君、一緒に行こうか。」
「あ、いいんですか？」
「じゃ、フィレーン君お願いね。」
洋介がうんざりしている間に、フィレーンと谷口が交代する。
「え？ああ、はいはい。」
フィレーンは適当に返事をして、列に入った。
そして、谷口と坂本は階段を下りていく。
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
洋介は黙って二人を見送った。
フィレーンはプードルの鼻を引っ張ったり、ねじったりしている。
「なぁ、なんで俺は交代されないわけ？」
「さあ？そんなの僕が知るわけないだろ。」
洋介は、並び始めてから一度も交代していない。
最初は洋介とフィレーンだった。
2年の出し物を見て帰ってきたら、フィレーンと谷口が交代した。
1年の出し物を見て帰ってきたら、谷口とフィレーンが交代した。
「絶対不公平だと思うんだよ。」
「そうかな？」
「っていうか、むしろイジメだと思うんだ。」
「どうかな？」
フィレーンはどうでもよさそうに相槌（？）をうっていた。
「去年も、こんな感じで結局1個か2個しか見れなかったんだよな。」
「へぇ～」
「お前、聞く気ないだろ。」
「文句があるなら、直接本人に言ったらいいんじゃないか？」
「言えないからお前に言ってるんだよ。」
不機嫌にブチブチと言っている洋介に、フィレーンはあくまで態度を変えなかった。
「ふうん。でも、僕が君の愚痴を聞いてやる道理もないね。」
「お前って冷たいよな。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
フィレーンは何も言わずに、前方を眺めた。
前にいる人数は少しずつだが減ってきている。
出てくる人は満足しているようだった。
「じゃあ、次。変わってもらえるように頼んでやろうか？」
フィレーンが、調子は変えずにさっきとは違うことを言った。
これには洋介自信が一番驚いていた。「冷たい」という言葉に少しでも反応してくるとは・・・・
「え？本当に？！それ、嘘じゃないよな？」
「うん。そんな嘘ついても仕方ないし。」
フィレーンの言葉に洋介はちょっとばかり感動さえした。
「なんだぁ・・・・お前も優しいトコあるんだなあ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
フィレーンは、何も返さなかった。
洋介はそれが少し気にかかったのだが、嬉しさのほうが勝ってしまい気にしないことにした。
「これ、やるよ。」
フィレーンがプードルを差し出す。
「へ？」
フィレーンが、面倒くさそうにプードルの風船を洋介に押し付ける。
洋介は、フィレーンとプードルを交互に見ていたが、しばらくしてフィレーンがその手を引っ込める気がないのがわかり、受けとった。
「あ、ありがと。」
そんなに欲しくはなかったのだが、こういう風にされては仕方が無い。
もしかしたら、フィレーンなりの思いやりなのかもしれない。
「きっと不器用なんだな」と洋介は勝手に一人で納得していた。
なんだか急にキャラクターに無いことをされると、こちらも戸惑ってしまう。
二人はなんだか会話をしないまま、変な空気の中で坂本と谷口が帰ってくるのを待っていた。
前を見ると、だいぶ人も減ってきた。
あと、もう少しだ。
（・・・・・・・・・あれ？）
洋介は、ふとしたことに気づいた。
（ん？なんかおかしいぞ）
洋介が完全に気づくその前に、坂本と谷口が帰ってくる。
「美術部の展示はやっぱりいいわねー。」
さっきと似たようなことを言って坂本が列に近づく。
「坂本先輩。洋介が変わって欲しいそうです。」
フィレーンが即座に坂本に告げた。
「え？ホントに？」
坂本がキョトンとしている。
「他の展示が見たいそうです。」
フィレーンは毅然とした態度である。
（・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・？！）
このときようやく洋介は気づいた。
「ちょちょちょっと待て！フィレーン！！やっぱさっきのな」
「長い間待っていて、もう嫌なんだそうです。僕は別に構わないので洋介と代わってやってください！」
洋介の声を掻き消して、フィレーンが大声で坂本に迫る。
「あ、いいよ。河崎くんがいいなら・・・・まあ、別に」
なんだか釈然としない面持ちで坂本が答える。
「ありがとうございます！良かったな、洋介。」
「いや、違」
「僕たちのことは気にせずに他の所見て来いよ！」
フィレーンは、そう言って洋介を列からはじき出した。
「男に二言は無い。」
やたらと男らしい口調でそう言うと、フィレーンはニヤリと笑った。
「じゃ、次の人どうぞー。」
展示をしている3年6組の人が二人に声をかけ、坂本とフィレーンは教室の中に入っていった。
「河崎君、よかったんですか？ずいぶん待たせたし、河崎くんに入ってもらおうかって坂本さん言ってましたけど。」
谷口の言葉が洋介の心にグサグサと突き刺さる。
谷口に他意はない。事実なのだろう。
洋介は、長い列の並ぶ教室のドアをなみだ目で眺めていた。
「はめられた・・・・・」
入る直前のフィレーンの顔が浮かぶ。
してやったり。
明らかに、その顔はそう言っていた。

[day11: ブンカサイ ]END

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