１、逃げ出して

どれくらいたったのだろう。
草むらで息を潜めて、俺たちはじっと目をこらし、耳をすましていた。
夜。月のない夜。
何ヶ月も前から、この日を待っていた。
俺と親友であるタチリの二人で考えた計画だ。
うまくいく。その確信はあった。
その証拠にまだ誰も追ってこない。
サーチライトが通り過ぎ、待ちに待った瞬間が来た。
打ち合わせどおり、俺たちは同時に外の世界に向かった。
自由な世界。自分で生きる世界。
もうすぐだ、もうすぐ手に入る。自分の本。自分の服。自分の家。
警備員たちの目をかいくぐり、タチリが先に外に出た。
続いて、俺も外の世界へと飛び込む。
出た！！
俺の顔は無意識のうちにほころんでいた。
タチリが真剣な顔で待ち受けていなければ、叫んでいたに違いなかった。
タチリは顎で森の方を指し、俺に先に行くよう促した。
俺は頷いて、足音をたてないようにしながら森の中に入っていった。
後ろから、タチリがついてくる。背後を確認して頷くとここで始めて、ニヤリと笑った。
暗くてよく見えなかったが、気配で笑ったことを察していた。
「やったな、キヒト。このまま十分も歩けば小さな道に出る、オレたちの自由はすぐそこだ。」
タチリが聞こえるか聞こえないかぐらいの声で言った。
俺は無言で頷くと、タチリと同じようにニヤリと笑った。
俺たちは小さな道を目指して歩いた。その道が何処に続いているのかは知らない。
でも、少なくとも今まで俺たちがいた所よりはいい。
道はどこかに続いているものだ。行き止まりもあるかも知れないが、必ずどこかには続いている。
俺たちはその道を歩いていける。それが重要なことだった。
「なぁ、キヒト。まず、何がしたい？」
タチリの質問に俺は考え込んだ。何がしたいだろう？
どんなことが出来るのだろうか。走る。歩く。跳ぶ。遊ぶ。笑う。
笑う。声を出して笑う。大声で笑う。
「腹の底から笑う。」
俺の答えにタチリはブッとふきだした。
「おいおい・・・、もっとデカイ事やろうぜ。」
「じゃあお前は何したいんだよ。」
ムッとした俺に、タチリは満面の笑みを浮かべてこう言った。
「店を出そう。争いに巻き込まれない平和な場所で、店を開きたい。キヒトも一緒にやらないか？」
「店か・・・・何を売るのさ。」
「何でもいい。誰かが喜んでくれるものなら何でもいい。」
タチリは目を輝かせていた。暗いはずの森のなかで、タチリの瞳がなぜか輝いていた。
「タチリは手先が器用だもんな。何か作るといいよ。」
「そうか・・・それもいいな。」
森の木がまばらになってきた。
明かりが見える。外灯の明かりだ。
俺たちは同時に光の中に飛びこんだ。道だ。道に出たんだ。
外灯の下で、俺とタチリは立ち尽くしていた。左右に細い道が続いている。
しばし見詰め合い、俺はタチリの口の端がゆるんでいることに気づいた。
「ふっ・・・」
「はっ・・・」
同時に短く息を漏らす。
「・・ふふ・・・ははは・・・」
「はは・・・ふは・・・」
俺たちは小さく笑い始めた。
「ははは・・・・はっはっはっはっ！」
「あははは・・・あぁっはっはっ・・・はは！」
自然と声が大きくなっていき、俺たちは夜の闇を吹き飛ばすぐらい大声で笑っていた。
腹の底から笑っていた。止まらなかった。笑いが止まらなかった。
自由だ。あれほど渇望していた自由が今ここにある。大声で笑っても怒られない。処罰もない。
あの施設にいた者の中で俺とタチリだけが、自由を手に入れることが出来たのだ。
誰にも束縛されない。命令に従う必要もない。無理に苦しい思いをさせられることもない。
戦うことも争うこともない。
ここにいるのは俺とタチリだけだ。
「ははっ！・・・・・はぁ・・・はぁ・・・」
タチリの方が先に笑いやんだ。
「これで、お前のしたいことはひとつ出来たな。」
「ははは！っは・・・は・・・はぁ。・・・・ああ。」
俺もやっと落ち着いてきて、呼吸を整える。
大声で笑うことがこんなに気持ちいいことだったとは知らなかった。
タチリは左右の道を見た。
一方は上り坂。もう一方は平坦な道。
「どっちに行くキヒト？オレたち選べるんだぜ。」
「この坂を越えたら何処につくんだろう？」
俺は坂の向こうが知りたかった。この坂を越えると何が待っているのだろう？
「よし、行こう。オレたちはこの坂道を登ってみよう。この先にはきっと何かある。」
タチリの言葉に頷いて、俺たち二人は坂を上り始めた。
どんなに急な坂でも、俺たち二人なら上っていける。

その坂の一番上までついたとき、朝日が俺たちの背中を押すかのように昇ってきた。
俺たちがこれから行く下り坂に俺たち二人分の長い影が伸びていた。
眼下に小さな集落が見えた。村だ。
俺たちは何も言わずに村へと歩いていった。
すばらしい人生が目の前に広がっている。
そのときの俺は完全に舞い上がっていて、俺たちの人生が幸せになると信じていた。
根拠のない確信だった。だが、そのときはそれだけで幸せだった。

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