４、働いて

夕食は昼と同じく、部屋にハフマンさんが届けてくれた。
俺はできるだけタチリの傍にいてやりたかったのと、あまりうろちょろするのもどうかと思い、トイレに行く以外はずっとその部屋にいた。
ミルは俺達のことを、どうも良く思っていないらしく、その日は一度も部屋にこなかった。
夕食のあと、明日からの仕事の内容を聞き、タチリの包帯を替えてその日はそのまま眠りについた。

次の日の早朝から俺の仕事ははじまった。
主に重いものを運ぶのが俺の仕事だ。土とか、大きな植木鉢とか。
肥料をまぜたり、植物の世話をするのはハフマンさんの仕事だ。
土をハフマンさんの所に運んだ後、しばらく俺はハフマンさんの仕事の様子を見ている。
花はこうやって育つのかと感心して見ていると、ハフマンさんが「何か育ててみる？」と聞いてきた。
俺は、枯らしてしまいそうだから「いいです。」と首を横に振った。
うまく育てられるなら、ひとつくらい花を育ててみたかったけどその自信はなかった。
何がおかしいのか、ハフマンさんは「そう。」と言って小さく微笑んだ。
ミルは店内の掃除をして、花をきれいに飾っている。
少しだけこちらを見たような気がしたが、気のせいだったらしい。
彼女は相変わらず、俺やタチリとは口を利こうとしなかった。
昼にタチリとご飯を食べようと思って、タチリの寝ている部屋の戸を開けた瞬間、俺は唖然とした。
「もう昼食の時間か。どうした？キヒト。」
タチリは立って歩いていた。
「治ったのか？！」
俺が驚いて言うと、タチリは肩をすくめた。
「もともと、そこまで酷い傷じゃないからな。熱も引いたし、歩くことはできる。走るのはちょっと無理だが・・・。」
そこまで言って、痛みで顔をゆがめソファに座りこむ。
「・・・・・・長時間歩くのも無理らしいな。」
タチリが深いため息をつくのを俺はじっと見ていた。
俺はなんとなくホッとした。治るのに、しばらくはかかりそうだ。
？
「足に負担のかからない仕事ならオレも出来るかと思ったんだが。」
「無理しない方がいい。食べようか。」
難しい顔をするタチリに俺は食事を促し、もらった昼食を差し出した。
タチリは手を出さなかった。
「でも、こうやって食べてばかりじゃ悪い。フェアじゃない。」
俺はサンドイッチを一切れ食べた。
「じゃあ、治ってから働いて返せばいい事だろ。今は治す事を考えよう。」
「・・・・・・・・・・・・」
タチリの顔が一瞬曇ったように見えた。
少し間があってから、タチリはようやく昼食に手を伸ばした。
納得したわけではないだろうが、少なくとも今日明日は治すことに専念してくれるだろう。
なんとなく気まずい雰囲気になり、俺はしゃべりにくくなってしまった。
仕方がないので会話をあきらめ、ふとミルのことを思う。
父親の死。
俺にとっては遥か昔のことだ。
まだ、死を理解する前のことだった。
気づいたら、あの施設にいた。
タチリに至っては父がいた記憶すらない。
きっと俺達に彼女の心情を理解することなんか出来ない。
悲しみも、苦しみも。
でも、もしかしたら・・・・・気を紛らわすくらいは出来るんじゃないだろうか。
彼女の笑顔を見てみたいと思った。

同じような日が２日続いた。
タチリはすまなそうな顔で食事をし、ときどき歩いて様子をみているようだった。
ハフマンさんは微笑むこともあったが、ミルは顔すら見せようとしなかった。
タチリが仕事を始めたのは俺が仕事を始めて４日目のことだった。
割と歩ける程度に回復したので掃除を任された。
その日は、初めて４人で食事をした。
ミルは前ほど嫌そうな顔はしていなかった。
驚いたことには、食事が終わりハフマンさんが片づけをしているときに、そっと俺達に話しかけてきた。
「母さんが笑うようになったのは、あなた達が来てからよ。ありがとう。」
彼女自身は笑っていなかったが、その言葉と声は俺の耳に、いや脳に刻印のように焼け付いて離れなかった。
ありがとう。
この響きの中にあるものは何だろう？
ありがとう。
何度も頭の中で繰り返す。
ありがとう。
ああ。そうだ。
俺は彼女に会ってから、彼女の事ばかり考えている。
彼女の笑顔を見たいと思っている。
これらが意味するところは何か。俺は知っている。
たぶんこれが恋ってものなんだ。
タチリに言ったらどう思うだろう？
きっと信じない。
そう思ったら何故かひとりでに笑いがこみ上げてきた。
寝る前に、笑いをこらえる俺を見てタチリは不思議そうな顔をした。
「何かあったのか？」
俺は首を横に振って否定した。
「何にも。」
タチリは首をかしげて「おやすみ」と言った。
俺も「おやすみ」と言って、布団に入った。
その日はなかなか寝付けなかった。

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