day1: 幕間

～フィレーンが帰ったあと～

「なんだかんだ言って、結局やさしいですよね。」
夕食の片付けをしながら開封が言った。
「何が？」
缶ビールを一口飲んでから野上が聞く。
「フィレーンさんのこと心配なんでしょう？」
「ああ、あれ？どっちかって言うと、いとこが心配でなぁ・・・」
開封の手が止まる。
「何かあったんですか？」
「うーん・・・・そのいとこがさ、生徒会に入ってるらしいんだけどな。そこの生徒会長が・・・・なんていうか・・・」
「ひどい人なんですか？」
「いや、やる気満々でいい人はいい人らしいんだが・・・・猪突猛進って言うの？振り回されてるんだよ。あいつ。」
「・・・・・・・・あの、タツ。」
食器を洗い終わった開封が缶をまわしている野上の方を向く。
「それって、逆効果じゃありませんか？フィレーンさんも振り回すタイプですよ。人を。」
「・・・・・・・・・・」
缶が止まった。
十分すぎるほどの沈黙。
「・・・・・・・・・・ま、いいか。大丈夫だろ。・・・・・たぶん。」
野上は一人頷いて残ったビールを飲み干した。
「開封！ビールもう一本！！っていうか、お前も飲め！」
「私は飲まないと言っているでしょう。何年言わせるきですか。・・・これ飲んだら帰ってくださいよ。」
開封は新しい缶を野上に渡し、空き缶は水を入れて流しに置いた。
野上は缶を受け取ると深いため息をついた。
「帰れって？まだ、愚痴もいってないのに」
開封が目を細める。
「あなたの愚痴は、のろけにしか聞こえないので聞きたくありません。」
「だってさー。今日友達とご飯食べるから、夕食は適当に作って食べてね。とか、言うんだぜ？」
開封は野上よりも深い深いため息をついた。
「いいじゃないですか。たまに友達とご飯食べるくらい。」
「俺に作れっていったんだぜ？！信じられねぇよ。俺が家事できないこと知ってるくせに。」
「いいじゃないですか。結局、私が作ったご飯食べてあなたは何もしていないんですから。」
「・・・・・それもそうか。」
野上は以外にあっさり納得した。
「いや、でもさ。ちょっと困った顔して『ごめんね・・・』とか言われたら許しちゃうだろ！なんか・・・可愛くて。それってずるくないか？」
「もう、いいですから。その可愛い彼女のところに帰ってください。」
「ヤダ。むかつくから帰ってやらん。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
開封の顔が一瞬曇ったことに野上は気がつかなかった。。
「そもそもだなあ」
野上が続きを言いかけたときだった。
「さっさとそれ飲んで、帰ってください。」
「そんなに怒らなくってもいいだろぉが」
缶に向けていた不機嫌に顔を開封の方へ向けて、野上はそのとき初めて開封の異変に気がついた。
開封の右手のつめが左手の甲に沈んでいた。
野上は後悔した。開封にも愛する人がいる。しかし、彼は彼女ともう二度と会うことはできないのだ。
誰一人、彼女と会うことはできない。
「ごめん・・・。」
野上は忘れていた自分を責めて、開封に謝る。
「そういや」
言いかけてビールとともにその言葉を飲み込む。
今聞くべきではない。相変わらず気の利かない自分に嫌気がさして、残った缶の中身を一気に腹へ流し込む。
「ごちそうさま。帰るわ。」
椅子を立ったが、開封は動かなかった。
ダイニングから出る前に開封の方をもう一度見る。
「開封。」
名前を呼ばれて開封は少しだけ反応を示した。
「まだ、しばらくはここにいるよな。」
開封は答えない。
「あんまり遠くに行くなよ。俺が連れ戻せる場所にいてくれ。」
返答を期待したわけではなかった。ただ、言っておきたかった。
「でなきゃフィレーンがかわいそうだ。」
開封が顔を上げたとき、そこには野上はいなかった。玄関の戸の閉まる音がした。
開封はゆっくり立ち上がり玄関の鍵を閉めにいった。
そして、鍵を閉めたあと左手の甲を見る。血がにじんでいた。
開封は少し困った顔をして、それから微笑んだ。
「皆さん。なかなか死なせてくれないんですよね・・・・・。」
死んで会えるのなら、それでもいいと思っている。
今もそう思っている。
ただ、今の自分では会わせる顔がないと思った。
十年前だっただろうか、それに気づいたのは。
彼女との約束は果たさなければならない。
さっき野上が言いかけたことは、容易に想像ができた。
「家には帰らないのか」とか「墓参りにはいかないのか」といったところだろう。
次の盆にでも帰ろうか。
盆だからといってどうというわけではないのだが、帰るには少し長い休暇が必要だ。
開封はカレンダーを見た。
２月６日。
今日の日付を見て、大切なことを思い出す。
「あああぁ！！」
慌てて玄関の鍵を開け、外に身を乗り出す。開封の部屋は二階にある。
野上が下前方の道に立っていた。
「親友の誕生日忘れんなーッ！アホー！！」
野上が大声で叫んだ。
気づくのを待っていたらしい。まったく、なんて人だ。
「ごめんなさいっ！今度何かおごります！」
近所から苦情がくるかもしれない。そんな事を思いながら、開封も叫び返した。
野上は大きく手を振って、ようやく帰途に着いたようだった。
開封は野上が見えなくなるまで見送った。
そして、もうひとつ。大切なことを思い出す。
「プリンのことは忘れているようですね・・・・。」
安堵のため息は外気の冷たさに白くなる。
その白さは決して濁ったものではなく、透明なものの乱反射であることを確認して開封は部屋の中に入っていった。

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