day2:イトコ

河崎洋介は期末テストの結果を不安に思いながら帰宅した。
終わったことは仕方がない、とわかっていながら気にしてしまうのは人間の性というヤツだろう。
親には悟らせないために、玄関の前で一呼吸おく。
普通にしていれば大丈夫だ。まだ、答案が返ってきたわけではない。
いずれ、通知表を見せなければならないのはわかっていたが、とりあえずそれまでは成績の会話は避けなければならない。
だいたい、胃に悪い。
自分が考えなければ親も思いだすことはないだろう。たぶん。

そう考えて洋介は玄関の戸を開けた。
「ただいまー・・・・・」
ゆっくり戸を閉めながら母親の反応をうかがう。
「あら、お帰りなさい。」
声だけが居間から聞こえる。
（よし、大丈夫だ。）
洋介はそう判断し二階の自分の部屋へと向かった。
途中で呼び止められやしないかとドキドキしたが、大丈夫だった。
たぶん、昼の刑事ドラマかなんかの再放送でも見ているのだろう。
階段を昇りきって、自分の部屋の戸を開ける。
これまた、ゆっくり戸を閉めて、ここでやっとホッとする。
ふうっ。と、息を吐き出し胸をなでおろす。
「なんか悪いことでもしたのか？」
背後から声がして洋介は心臓が止まるかと思った。
すばやく振り返り、声の主を見て顔を引きつらせる。
イトコの野上達也だ。確かもう３０過ぎ。
小さい頃からよく遊んでもらったので仲は良い。
「タツ兄・・・・・会社はどうしたの？」
いつもとんでもないことをやらかすので、最近はあまり近づきたくなくなっていた。
「有休」
言って、手にした漫画（洋介の物だ）を本棚に戻す。
「なんで俺の部屋に勝手に入ってるの？」
「おばさんが、洋介の部屋で待っててって言ったから。文句はお前の母親に言え。」
洋介は言われるまでもなく、戸を開けて下に向かって叫んだ。
「母さん！！なんでタツ兄俺の部屋にいれちゃったの？！」
階下から、洋介の母親ののほほんとした声。
「ああ、ごめんね。言うの忘れてたー。いいじゃない、いっつも部屋で遊んでるんだから。」
それ、いつの話だよ。声には出さずにツッコミを入れて、ため息をつく。
親ってそんなもんだよな。いつまでも子ども扱いして・・・。
「俺もう中学生なんだから、もっとプライバシーとか考えて欲しいのに。」
ブチブチと文句を言う。
「ふんっ、エロ本の一冊も持っていない中坊が自分の部屋など片腹痛いわ。」
野上が鼻で笑う。
「・・・・・・俺、タツ兄と違うもん。タツ兄だって、中学の時自分の部屋ぐらいあっただろ？」
洋介の反論に野上は胸を張って応えた。
「俺だってエロ本なんか持ってなかったさ。名目上は俺の部屋だったが、あれは実質姉貴の領地だった。」
「威張って言うことじゃないと思うよ。」
うんざりした様子で洋介が言うと、野上はため息をついてポケットからタバコを出した。
「お前も言うようになったなぁ・・・・。」
続いてライター（100円）を出し火をつける。
「でもなぁ・・・・自分の立場ってモンをわきまえないとダメだぞぉ？」
煙を吐いて、ガンを飛ばす。
洋介は自分の机の上にある灰皿（野上用にずっと置いたままだった）をとって野上の前に正座し、両手でそれを差し出す。
「申し訳ありません、達也お兄様。高々中学生の分際であなた様に逆らおうなんて思い上がっておりました。」
洋介は小さい頃から野上には逆らえなかった。
実際、体力の差が大きすぎる。
自分ももう少しすれば体力的には追いつくはずだと思いながらも、何の格闘技も習っていない自分では、この自称喧嘩王には敵うまいと悟っていた。
「良く分かってるじゃないか。さすが、我が従弟。」
舎弟の間違いだろう、などとツッコミたかったがあえてそれは放っておく。
「まぁ、実はひとつ頼みがあってだな。」
野上は咳払いをした。タバコはもう灰皿のうえだ。
ほとんど吸っていない所を見ると、単なる演出効果だったのかもしれない。
彼女ができてからタバコの量が減っているのは知っていた。
この男と付き合おうという人がいるというだけで洋介にとってはミステリーだった。
っていうか、この男が人を愛するなんてことが出来るということがミステリーだった。
「頼み？」
野上が頼みなんて珍しい。お使いと言う名のパシリなら何度もあるが頼みというのは一度もなかった。
「栄地フィレーンってのが今度お前の学校に転校してくるから、そいつの面倒を見てやってくれ。」
「は？」
洋介には野上が言っている意味がよくわからなかった。
何が自分の学校に転校してくるって？
「要するに大変だとは思うが友達になってやれってことな。」
「な、何が転校してくるって？」
「栄地フィレーンっつー金髪のガキ。」
「金髪？！」
洋介の学校に茶色いのはちょくちょくいるが、金髪はさすがにいない。
いや、ひとりいたかな？たしか次3年の、なんか怖い人。
それよりも、何だその名前は。人の名前にケチをつける気はないが、明らかに日本人的な名前ではない。
「あ！留学生！」
洋介はぽんっと手を打った。
「アホか。俺が留学生のことなんか知るワケないだろ。ただの日英ハーフだよ。」
野上に殴られる。
痛かった。
「殴ることないのに・・・・。でも、何で俺がそいつの面倒なんか見なきゃなんないのさ。」
また殴られた。
「ほほう。この俺様の命令に『何で』・・・・だと？」
野上は満面の笑みを浮かべて三打目の準備をしていた。
洋介は恐怖に顔を引きつらせ、慌てて頭を下げる。
頼みじゃなかったのかよ。と心の中では思いつつも実際には全く違うことを口走る。
「いえ！滅相もございません！この河崎洋介、謹んでその使命まっとうさせて頂きます！！」
「うむ、頼んだぞ。」
何様のつもりだよ。とは思いながらも口には出せない自分の弱さを噛みしめながら洋介は頭を下げているしかなかった。
そのうち結婚するらしいので、ここにも来なくなるだろうとは思う。
もう少しの辛抱だ。
彼女が出来てから、ここに来る回数も断然減った。
どんな人かは知らないが感謝感激ってやつだ。
別に野上を嫌いなわけではないが正直ついていけない。
野上と比べればうちの学校のはちゃめちゃ生徒会長の方がまだマシだ。
そんなことを考えていると、野上が話かけてきた。さっきの続きらしい。
「なんなら、褒美でもやろうか？」
その言葉に洋介は顔を上げた。
「マジで？！じゃあさぁ・・・」
洋介が何か言うよりも早く、野上が続ける。
「AVぐらいなら借りてきてやるぞ。」
「いらないよ！！！」
即座に大声で叫ぶ洋介を見て野上は眉を寄せる。
「じゃあ、何がいいんだよ。」
本気かこの男は、などと思いながら洋介は気を取り直して口を開いた。
「ゲーム・・・」
「エロゲーか？」
「違う！！」
またも即座に否定して洋介は肩で息をしていた。
「なんでタツ兄は何でもそういう方向にもっていくのさ！！」
「いやぁ、健全な中学生男子が興味を持ちそうなものっていったらそういうのかなって思って。」
さも当たり前のように言う野上に洋介は脱力した。
「もう、いいよ。」
「そうか？」

ああ、そうだよね。この人ってそういう人だったよね。

洋介はなんとなくそんなことを思い出し、期待した自分が馬鹿だったのだと悟ったのだった。
同時に、こんな人と付き合ってる彼女っていうのはどんな人なのかものすごく気になったのは、どうでもいい話だったりする。

この後、河崎洋介（１３）は野上の命令に従う気があろうとなかろうと、結局フィレーンと関わることになるのだが、
このときの洋介はまだそれを知るわけもなく、「適当にやっとけばバレないだろう」などと安易に考えていた。

洋介の意思とは関係なく、波乱に満ちた学校生活が始まろうとしていた・・・・・・。

[day2:イトコ]END

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