day2:幕間

～春休み初日～

洋介は友達と遊びに行っていた。
成績は悪いというほどではなかったので、親からのお咎めもなかった。

ゲーセンでしばらく過ごし、小腹が空いたので何か食べようと思い、外に出たところだった。
ここが、野上のマンションと近いのは知っていた。だが、今までここで遊んでいて野上と会ったことはなかった。
そう、なかったのだ。さっきまでは。
「あ」
よほどアホ面だったのか、一緒にいた友人一同は顔をしかめた。
「どうした洋介？」
洋介の視線の先には人が歩いていた。
自分達と同じ中学生から、カップルらしき人、買い物帰りのおばちゃんやおじいちゃんもいる。
洋介はその中に知った顔を見つけていた。
「・・・・タツ兄・・・・・」
思わず口にする。
「・・・・タツ兄って、お前がいっつも言ってる変なイトコの兄ちゃんか？」
門田が聞いてきた。が、洋介にとってそんなことに答えることは重要ではなかった。
「どれだ？」
前島が洋介の視線の先から野上を探そうとする。
「・・・・セミロングの・・・・女の人」
「はぁ？」
全員が洋介の方を向いた。
「・・・・と、一緒に歩いてる・・・・。」
洋介の続きの言葉を聴いて前島が洋介をはたいた。
「変なところで切るなよ！ビビッただろうが。」
「ああ、あれか？タツ兄って結構背高いんだな。」
いち早く見つけた門田がうらやましそうに言う。
洋介にとってはそんなことも、どうでもよかった。
「ってか、一緒にいる人美人じゃん。彼女かな？」
山本が口笛を吹いた。
そう、それだ。
「なんであんな綺麗な人がタツ兄なんかとつきあってんの？！」
洋介は叫んでいた。前島に口を押さえられ、最後の方は近くにいた３人にしか聞こえなかったが・・・。
前島がニヤリと口の両端を吊り上げた。
「なぁ、つけてみようぜ。」
「あ、いいね。面白そう。」
山本は乗り気だ。
洋介はもがいて前島の手を口から引き剥がした。
「ダメだって！ばれたら殺されるって！！」
「よーすけー。」
山本がポンッと肩に手を置く。
「お前、気にならないのか？本当にあの二人が付き合ってるのか。」
「え？そりゃ・・・・・気になるけど・・・・」
前島が門田の方を向く。
「お前はどうだ？」
門田は野上の方を見つめていた。
「俺、二人がつきあってるんならタツ兄に弟子入りする。」
「マジで？！」
洋介の叫びなど何処吹く風、門田の目はキラキラと輝いている。
「よし！決まりだな。尾行開始だ！！」
前島が高らかに宣言した。

尾行といっても、所詮中学生の出来ることといったら、こっそり後をつけるぐらいだ。
しばらく後をつけていたが、さほど面白いことはなかった。
二人は手をつなぐでもなく、ただ話しながら歩いているようだった。
「やっぱ、距離が遠いと会話が聞こえないしつまんねーな。」
山本が言った。
「確かに・・・・」
前島が同意する。
「もう、やめようよ・・・・マジで殺されるんだって。」
あきらめつつも抗議したのは洋介だ。
「あ、喫茶店入った。」
門田の一言で全員が二人の入った店の看板を見た。
「入るか。」
前島が神妙な顔で言う。
「二人の近くの席に座れば会話を聴ける可能性もあるな。」
これは山本。
「いや、あんまり近くにいると俺、ばれるんだけど・・・・」
「大丈夫大丈夫。さ、行こうぜ。」
門田に背中を押されて、洋介は強引に喫茶店の中に入れられた。
前島がさっと辺りを見回して野上と彼女のいる席を見つける。
野上が座っている後ろの席を指して「あそこの席いいですか？」とか聴いている。
洋介にはそこが禁煙席であることがすでに驚きだった。
やっぱりタバコの量が減ったのは彼女が原因らしい。
席に着くと前島と山本は注文をさっとすませ、お前もなんか頼めよ、と言った。
洋介は仕方なく小声でレモンスカッシュを頼むと、野上と女性の会話に耳を傾けた。
「でも、久しぶりだな。二人で外出するのって。」
照れたような野上の声。今まで聞いたことのないような優しさが含まれている。
「そうね。」
野上の向かいに座る女性は声も綺麗だった。
「このあとどうする？・・・つっても、もう三時か。」
「夕飯はどうするの？」
「帰って食べようぜ。何がいいかなぁ・・・・・」
「たしか、ジャガイモとニンジンが残ってたかな。」
なんだかほのぼのな会話だ。全然タツ兄っぽくない。
「んー。肉じゃがとか食べたいなぁ～。」
「じゃあ、そうしよっか。足りない材料買って帰りましょ。」
ああ、なんだかとっても家庭的。
なんでこんないい人がタツ兄なんかと付き合ってるんだろう。
「同棲・・・・・してるんだ・・・・。」
山本がポツリと言った。
「らしいな。」
前島も山本と同じような顔をしていた。
洋介は固まった。同棲？？？そういえば、近々結婚するって話も聴いてたっけ。
ああ、そうなんだ。そういうことなんだ。タツ兄って実は結構すごかったのね。
洋介はそんなことを思いながら、タツ兄の彼女を眺めていた。本当に綺麗な人だ。
「・・・・・・・・・帰るか。」
注文したケーキを口に運びながら、前島が言った。
「こんなにほのぼのされちゃあねぇ。」
山本はコーヒーをすすった。
「いいなぁ・・・・」
門田はなんだか夢見心地な感じだった。
洋介はレモンスカッシュを飲み干し、他の皆が食べ終わるのを待った。
「ほお、帰るのか。」
前島の後ろから声がした。
洋介の背筋が凍った。
「探偵ごっこは楽しかったか？ガキども。」
他の３人もきっと同じことを感じたのだろう。
皆、固まっていた。
「まさか気づいてないとでも思ってたんじゃないだろうなぁ・・・・なぁ、洋介？」
背を向けたままの野上のまわりに赤ーいオーラが見える気がした。
メラメラと燃えていればまだいいものの、そのオーラはねっとりとしている。
「ご、ご・・・・・ごごごごごごめんなさぁい・・・・」
震える口で洋介はそれだけ言った。

その後、本気で殺されるかと思ったが、野上の彼女の取り計らいでそれは免れ、しかもジュース代までおごってもらえた。
なんて心の広い人なんだ。４人はそう思い、彼女に感謝した。本気で感謝した。

ちなみに門田は、本当にタツ兄に弟子入りするつもりらしかったのだが、それは洋介にはどうでもいいことだった。

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