day10：ゼンヤサイ

いきなりだが、今日は文化祭前日だったりする。
文化祭前日というのは、どこのクラスも６時くらいまで残って作業したりするものだ。
週休二日の影響でどこの中学の文化祭もわびしくなっているという噂だが、陽南中学は違った。
歴代の生徒会長のおかげで休日を裂いて、文化祭準備時間を設ける許可をもらい、おかげで今も昔ほどではないにしろ文化祭らしいことをしている。
そして、その歴代の生徒会長の中にはあのハチャメチャ生徒会長も含まれていたりする。
生徒会なんていうのは、文化祭を盛り上げていくのに一役かっていたりするものだから、やっぱり遅くまで残っているのである。
普通のクラスでは６時完全下校のところを生徒会のみ特別措置として8時までの活動を許されている。
が、しかし。他の生徒が大方下校してしまった6時現在、生徒会室にはほとんど人がいなかった。
例年より早く仕事が終わってしまったため、皆帰ったのだ。
そして、早く仕事が終わったのは要領よくこなせたからである。
「いやぁ。やっぱり二年目ともなると手際が良くなるわねぇ～♪」
えらくご機嫌な坂本優はパイプ椅子に座り足を組んで「うんうん」と満足そうに頷いていた。
「三期連続生徒会長なんて、普通いませんよ。」
あきれ返った様子で洋介がつぶやいた。
「だって、三年後期の選挙に立候補しちゃいけないなんて校則ないもの。」
「まあ、そうですけどぉ。受験はどうするんですか。受験は。」
洋介が言うと、坂本は洋介のほうを見て、二、三回瞬きをした。
「受験？あんなの推薦ですぐ受かるし。問題ないわ。」
当然のように言った坂本に洋介が詰め寄る。
「ええ～？！そんなアッサリ決まるもんなんですか？！」
「ん？うん。生徒会長とかバリバリやってるから内申もバッチリだし、普通の成績もいいから。」
「う・・・うらやましぃ・・・。あ、谷口先輩も推薦ですか？」
優越感に浸っている坂本は無視して、洋介は掃除をしている谷口に振り向いた。
「え？ああ、受験ですか？僕は普通に入試受けますよ。」
「へ？じゃあ、こんなところで生徒会とかしてたらまずいんじゃないんですか？」
洋介が言うと、谷口は少し答え難そうに眉を寄せた。
「それはそうなんですが・・・・」
口を濁し、洋介にだけわかる程度に視線で坂本を指す。
「あ。そうですか・・・・ご苦労様です。」
洋介は素直に納得した。なるほど、確かにこの人が生徒会長をやっている限り谷口は必要である。
彼女の暴走を止められるのは谷口ぐらいなものだ。
「別に受験勉強とかいらないでしょ、谷口君は。全国模試でも常にベスト５入りしてるし。」
「僕はちゃんと勉強してますよ。」
「私だってしてるわよ。」
二人の会話は、洋介には遠い世界の物語でしかなかった。
賢いのは知っていたが、ここまでだったとは知らなかった。こんな田舎の公立中学に全国レベルの人がいるなんて・・・。
「・・・・もう、いいです。何か先輩達の話を聞いていると、俺がダメな人みたいな気分になるからいいです。」
「そう？」
肩を落とす洋介を見て、坂本と谷口は二人で顔を見合わせ、首をかしげた。
「ああ、坂本さん。掃除も終わりましたけど、このあと何がすることでもあるんですか？」
谷口は箒を掃除用具入れに片付けながら聞いた。
見ると、坂本がものすごく嬉しそうな顔をしている。
洋介は嫌な予感がした。坂本が嬉しそうな顔をしているときはろくなことを考えていない。
そして、問答無用でその「ろくでもないこと」に自分を巻き込むのである。
水鉄砲でサバゲーとか。
大福ロシアンルーレットとか。
階段滑りおり競争とか。
さらに、何故か負けるのは8割がた洋介だったりする。
「な・・・何もすることないなら帰りましょうよ・・・・」
洋介は、出来る限りの小さな抵抗を試みた。たぶん効果は無いに等しい。
「何を言ってるの？やることならあるでしょ？」
「いや、だって仕事は終わったじゃないですか！早く帰って、明日に備えましょうよ！！」
洋介の必死の訴えを坂本は鼻で笑い飛ばした。
「せっかく夜の学校にいるのに何もしないで帰るなんてそんな・・・・」
「帰りましょう。さっさと帰りましょう！だってほら、時間遅くなると危ないですよ？会長女の子なんですし！」
「まあ！心配してくれるの？あらぁ・・・・河崎くんって紳士ねぇ。」
「ええ、紳士です。ジェントルです。帰りましょう。今すぐ帰りましょう！！」
「そんなにジェントルなら女の子のお遊びにも付き合ってくれるわよね？」
どんなに必死になったところで坂本には勝てないことを洋介は知っていた。
知ってはいるが、ここで引き下がるわけにはいかない。
「ダメですって！そんなこと許すのは本当の紳士じゃありませんって！！ねぇ？谷口先輩？！」
とりあえず、助け舟が欲しいので谷口を会話に巻き込む。
「ああ・・・まあいいんじゃないですか？帰りは僕が家まで送りますから危ないこともないでしょう。」
が、むしろどん底に突き落とされた。
「たーにぐーちせーんぱーいッ！！」
洋介が半泣きで抗議したのだが、まったく効果はなかった。
「？なんですか？」
谷口は変なところで天然を発揮する。洋介はこの事実を忘れていた。
坂本は満面の笑みを浮かべている。
「ありがとう、谷口君。それじゃあ始めましょうか。」
洋介の努力は結局無駄に終わったらしかった。
聞きたくは無かったのだが、耳をふさぐこともしなかったため言葉の続きは嫌になるほどはっきりと耳に届いた。
「肝だめし。」
「いーやーだー！！」
洋介の叫びは無視して、坂本は話し続ける。
「ルールは簡単。ここにある白い蝋燭を一本だけ持って４階の女子トイレまで行きます。蝋燭は小さいのでもって５分。４階まで上がるのには十分ね。でも、ゆっくりしていると帰ってくるまではもちません。しかし、急ぐと火が消えてしまいます。で、トイレの一番奥の窓のところに私が昼間大きめの蝋燭を3本用意しておきました。火を移し変えて、大きめの蝋燭を持って帰ってきてください。」
「女子トイレ・・・・ですか？」
谷口が困ったような顔をした。
「うん。だって、女子トイレのほうが個室が並んでて怖いじゃない。大丈夫よ。誰もいないから。」
「・・・・い、いたらどうするんですか？」
洋介が恐る恐る聞く。
「生徒はいないわよ。もちろん、先生も。いるとしたら・・・・ま、例のあれよね。」
洋介は背筋に冷たいものを感じながらひきつった笑いを浮かべていた。
「じゃ、順番ジャンケンで決めようか。勝った人からね。ジャン・ケン・ホイ」
間髪おかずに話を進め、坂本はチョキを出した。
二人は咄嗟にパーを出していた。
「はい。私いっちばーん！」
仕方が無く、残る二人は再びジャンケンをする。
勝負はすぐについた。
「じゃあ、僕が二番ですね。」
「・・・・・・・・・ラ・・・ラストっすか・・・？」
洋介は自分の開いた右の手のひらを恨んだ。
こういう場合、後になればなるほど恐怖は増長するものである。
「じゃ、いってきまーす♪」
坂本は蝋燭に火をつけると元気に生徒会室を出て行った。
何が肝試しか。楽しんでいるだけではないか。
いや、むしろ単純に彼女の肝が据わっているだけか。
洋介は生徒会室に谷口と二人で残され、最後に自分の番が回ってくることを考えて顔面蒼白になっていた。
その様子に気づいた谷口が洋介の気持ちを落ち着かせようと口を開いた。
「大丈夫ですよ。怪談話があるほど古い学校でもありませんし。」
「古くなくても、夜の学校ってだけで十分怖いですよ！しかもトイレとか・・・・・ああ！絶対出る！たぶん、昔いじめられて女子トイレに閉じ込められたまま死んだ子とか出て来ますって！！」
一人でわめきたてる洋介の肩をたたき、谷口はなだめようと心がけた。
「そんな話聞いたことありませんから、ちょっと落ち着いて冷静になりましょう。ね？」
「ががが学校と教育委員会が揉み消したんですよ！絶対そうだ！！」
「どう考えても無理ですって・・・・ほら、そんな想像力をたくましくしているから、余計に怖くなるんですよ。蛍光灯がついてないだけで、いつもと同じですって。」
「何言ってるんですか？！日が落ちたら学校なんて昼間とはまったく別次元ですよ？！」
「・・・・・いえ、次元は変わらないと思いますけど・・・・」
谷口はなだめるのは無理だと判断し、会話をあきらめた。
「・・・・・・・・・・・会長・・・遅くないですか？」
突然おとなしくなったと思ったら洋介はそんなことを言い出した。
谷口は生徒会室に掛っている時計に目をやった。そして、少しうんざりする。
「２分しか経ってませんから。」
谷口はため息をついたあと、静かに坂本の帰りを待つことにした。
洋介は、一人でいらぬ想像力を働かせて恐怖とストレスでカタカタと震えていた。

数分後。
「いやぁ～。怖かったぁー。」
たいして怖くもなさそうな声でそう言いながら坂本が大きめの蝋燭を持って生徒会室に返ってきた。
「じゃ、次、僕行ってきますね。」
職員室に行くのと変わらない調子で谷口が腰を上げると蝋燭に火をつけ生徒会室を出て行く。
坂本は谷口を見送ると洋介の様子がおかしいことに気づいた。
「？どうしたの河崎くん？そんな青白くなっちゃって。」
「あなたのせいじゃないですか？！」
バッと顔を上げ、洋介が叫ぶ。
「ええ？やあね。ただの肝だめしじゃない。何？幽霊でるとか思ってるの？」
小バカにしたように言う坂本にひるんで、洋介はなんとか言い返そうと、少し考え込んだ。
「でるかもしれないじゃないですか！」
考えた結果、この程度のことしか頭に浮かんでこなかったらしい。
「ふーん」と、坂本は興味もなさそうに言うと椅子に座った。
「ま、出ると思ってると出るらしいけどね。」
なんとなしに言った坂本の言葉に洋介の血の気がさらに引いていく。
「・・・・・・・・・・い、いないッスよ。何言ってるんですか。だって、この学校新しいし。」
さっきとは正反対のことを、とりあえず口で言って、洋介は何も出ないことを祈るしかなかった。

つづくよ。
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