day4:カイチョウ

掃除時間。洋介は教室内で雑巾を絞っていた。
今時、雑巾を水でぬらして雑巾がけもないだろう。モップ使わせてくれよ。あるんだから。
洋介は正直、そう思っていた。
が、掃除に時間をかけたいのは山々だった。
放課後など来て欲しくもない。
そう思った矢先だった。
「河崎洋介君いますか～？」
洋介はその声に顔を引きつらせた。
来た。来てしまった。
地獄からの迎えが・・・・。
「そこで雑巾絞ってます。」
応えたのは同じく教室掃除をしていたフィレーンだった。
フィレーンは箒で床を掃いていた。
おそらく名札で学年を把握したのだろう。彼女が先輩だと気づいたらしく丁寧語を使っている。
「入ってもいい？」
「どうぞ。」
一応、掃除中なので気をつかったらしく、彼女はフィレーンに許可を得てから入ってきた。
洋介は彼女のことを見たくなかった。例えそれが現実逃避以外の何者でもなくても。
肩に何かが触れた。それが、その女生徒のものであることは知っていた。
この後、何が起こるのかも大体予想がついていた。
「行くわよ。」
すぐ近くで女生徒の声がする。
「いえ、でも今掃除中ですし・・・・」
ああ、何で自分は無駄だと知っていながら抵抗を試みるのだろう。
「い・く・わ・よ♪」
ゆっくりと振り返ると、そこには生徒会長の笑顔があった。
「ははっ・・・・・」
洋介は力なく笑った。
生徒会長が洋介の腕をつかむ。
はっきりと周りの風景が映ったのは、そこまでだった。
いつも、よくわからない間に生徒会室についている。
景色と人が、視界を風のように横切っていき、頭がぐるぐるして、体が痛い。
いつもそんな感じだ。
「うああああぁぁぁぁぁ・・・・・・・・・」
基本的に洋介はずっと叫んでいる。
「いってらっしゃーい」
廊下掃除をしていたらしい山本の声がかろうじて耳に入った。
まず、教室のドアにぶつかる。次に廊下の曲がり角にぶつかり、最終的には階段で数えきれないほどぶつかる。
そして、やっとぶつかるのをやめた頃、ドアの開く音がする。
「ただいま～」
生徒会長が言って、生徒会室に入る。
「生徒会室に入ってきて、ただいまはないでしょう・・・・。」
あきれた口調で返してきたのは副会長だ。
洋介は生徒会長の手を引き剥がして、副会長にすがりついた。
「うああーん！！谷口先輩、聞いてくださいよ！会長酷いんですよ！！」
洋介の言葉に生徒会長はムッとした。
「何よ。私そんな酷いことしてないじゃない。」
「まあまあ、坂本さんも河崎君も落ち着いて・・・。」
「ドアと曲がり角と階段で、ありえないくらいぶつかったんです！！これはもはや、会長が俺のこと人と思ってないとしか考えられません！」
「え？そんなにぶつかった？ごめん。気づかなかった。」
ショートカットの女子生徒。坂本優。彼女が陽南中学の生徒会長だ。
「なんというか・・・・役員狩りって感じですね。」
眼鏡をかけ、落ち着いた風貌をしているのが谷口雪彦。副会長である。
実は洋介も副会長だったりするのだが、それは形だけという感じだった。
実質、生徒会はこの二人が動かしている。
洋介は去年の後半にこの二人と共に生徒会をやっていてそれを知っていた。
周りにいる役員達も、あきれた笑顔で洋介と坂本を見ていた。
「さて、役員も全員そろったところで会議よ会議。」
坂本は洋介の言葉も周りの目も気にすることなく話し始めた。
「会議って・・・・何の会議するんですか？」
あきれた口調で洋介が聞く。逃げられないなら腹をくくるしかない。
「そんなもん、この半年の活動計画に決まってるでしょ。はい、何か意見のある人。」
そんなこと急に言って意見が出るはずないだろう。ってか、結局この人一人で全部決めるんだよね。
洋介はそんなことを思っていた。
案の定、何の提案も出ない。
いつも通りやればいいじゃないか。コレが大半の意見だろう。
それがこの沈黙に現れている。
洋介も同感だった。何も無駄に仕事を増やすこともない。
「私が去年一年、生徒会をやっていて思ったのは、イベントが少ないってことなのよ。」
そういって、坂本は黒板にカツカツと文字を書き始めた。
球技大会（３回）、文化祭、体育祭、合唱コンクール。
書き終えるとカツンとチョークで黒板をたたき、全員を見回した。
「たったコレだけです。一年１２ヶ月３６５日８７６０時間５２５６００分３１５６０００秒。こんなに時間があるのにたった４つです！」
そんなに学校来ないよ。しかも、テストとかあるじゃん。部活だって大会あるだろ。
多分、その場にいた大半がそう思っていた。思っていて口には出せなかった。
「そこで、あと２つぐらい祭りを増やしたいと思います。」
誰か止めろよ。この会長を。
洋介は、他力本願なことを考えながら話を聞いていた。
「私が考えたのは雨祭り。これから、梅雨になり、室内でつまらない遊びをして若人が体と精神にカビを生やす季節になります。」
洋介はため息をついた。
（アホらし。谷口先輩、早く止めてくれないかな。）
「なるほど、確かにそうだな。それで、その雨祭りとは一体何をするんですか？」
突然聞こえた声に生徒会室にいた全員がドアの方を向いた。
「フィレーン！！？」
ガタンと音をたて、洋介が立ち上がる。
「おまっ・・・何でっ・・・・ええ？！」
洋介が動転していることなど気にもせず、目を輝かせたのは生徒会長だった。
「良くぞ聞いてくれました！！何か知らんけど金髪の人！」
フィレーンは「何か知らんけど金髪の人」と呼ばれたことに若干の怒りを感じ顔を引きつらせた。
フィレーンの後ろで山本がひらひらと手を振っている。
（あの野郎・・・・余計なことを・・・）
どちらへともなく（むしろ両方を）睨みつけて、洋介は椅子に座りなおした。
会長が咳払いをした。全員の注目が（一応）会長に戻る。
「雨祭りとは、ずばり！皆で雨を楽しもうというお祭りなのです！」
「そのまんまじゃないですか！！」
洋介が突っ込んだが、会長はいつものようにそれを無視した。
「具体的には、雨の中で鬼ごっこなどをして童心に返り、ジャージをぐしょぬれにして親に怒られるという素敵イベントを経由した上で、その日の夜に雨粒が屋根に当たる音を聞きながら心臓をバクバクいわせて電話で意中の人の自宅に愛の告白をしようとしたら家族の人が出て、うわあああ！どうしよう！？と、焦って受話器を思わず切ってしまうという寸法です。」
「いや、ワケわかんないですよ！それ！」
再び洋介が突っ込んだのだが、これもまた、無視される。
「なかなか壮大な計画ですね。」
フィレーンがにやりとした。
「ふふ・・・あたりまえじゃない。生徒会長ですもの。」
言って会長は前髪をかきあげる。
「最終的には、体育祭のあと体育館裏で直接愛の告白タイムに突入してOKをもらい、その現場をこっそり見ていた友人達に茶化されながら祝福されるということですね。」
「惜しいわね、体育館裏じゃなくて屋上よ。」
「これは失敬。屋上がありましたか・・・・」
会長とフィレーンは向き合っていた。その顔は好敵手を見つけた格闘家のようであった。
「あなた、生徒会に入らない？」
「いえ、そのつもりはありませんので。」
「そう・・・残念だわ。」
完全に別の世界に行っている二人を眺めた後、洋介は谷口副会長に話しかけた。
「あの・・・・・そろそろ止めませんか？」
「そうですね。見てるのおもしろいんですが・・・・・会議も進めないといけませんし。」
おそらく、この学校内でこの暴走特急生徒会長を止められるのは彼しかいない。
谷口は声を荒げるでもなく、立ち上がるでもなく静かに生徒会長に語りかける。
「坂本さん。そろそろ本題に戻りましょう。」
「ん？あ、そうね。何か意見のある人。」
驚くほどすんなりと会長は席に座り、何事もなかったように話を進めた。
「雨祭りの件についてですが、後半は実現不可能かと思います。」
谷口が言う。
「えーなんで？」
本気で言ってるのか、この人は・・・。
洋介はそう思いながら、口にはしなかった。会長をうまく動かせるのは谷口先輩だけだ。
先輩に任せるのが一番だ。
「まず、全校生徒が全員、意中の人がいるとは限りません。それに、電話しても家族の人が出るとは限りませんし、もしかすると誰も取ってくれないかもしれません。」
洋介はいつも思う。
こんな説得でいいのか。と。
「うーん、確かにそうね。自宅番号を知らない可能性だってあるものね。」
「さらに、屋上には生徒全員はは入れません。当然男女比も正確に１対１ではないので、OKが出ない人もいるはずです。」
「そうよね・・・・。人生そんなに甘くはないものね。」
妙に納得して、会長は役員に向けてこういった。
「じゃあ、雨祭りはない方向で。」
洋介は、前半はできないとは言ってないんだがなぁ。と思いながらも、せっかくなくなったのに、わざわざ穿り返すこともない、と思い直し、手を叩いた。
続いて、役員から拍手がおこった。
「じゃあ、代わりに台風祭りを・・・・」
洋介を含めて、役員全員が立ち上がった。
『いいかげんにしろ！！』

[day4:カイチョウ]END

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