day5:rainy season

窓の外では、いつものように雨が降っていた。
窓脇のカーテンレールに吊り下げられた照る照る坊主が、所在なさそうに室内の人間に背を向けている。
「降ってますね」
フィレーンが窓の外を眺めながら隣にいた先輩に話しかける。
「そうですね。ここ数日降りっぱなしですね。」
眼鏡をかけた落ち着いた風貌の生徒会副会長、谷口雪彦が机に置いた数学の宿題から目を離し応えた。
「ってか、なんでお前が生徒会室に居座ってるんだよ。」
洋介がくだらない質問をしてくる。実にくだらない質問だ。
あまりにくだらないので、フィレーンはその問いを無視した。
「いつまで降るんでしょうね。」
「さぁ・・・天気予報では２，３日は降り続くそうですよ。」
谷口と和やかに会話を続ける。
「いや、おい！無視するなよ！！」
洋介が声を荒げたが、そんなことはフィレーンにはどうでも良いことだった。
「何かおもしろいことありませんかね？」
「面白いことですか・・・難しいですね。とりあえず、河崎君の相手をしてあげたらどうですか？」
「さして面白くもないですよ。洋介の相手しても。」
フィレーンはさらりと言った。実にどうでもいい事だ。
「おい！フィレーン、お前今さりげに酷いこと言っただろ！！」
「そういえば会長は何処へ行ったんですか？」
フィレーンは洋介のことはとりあえず無視して、話を進める。
谷口はいつものように軽くハハ、と笑うと生徒会室のドアに目を向けた。
「そのうち帰ってきますよ。」
廊下をパタパタと走る音が聞こえてきた。
谷口が「ほらね」と言いたげにフィレーンに微笑みかけた。
ドアが勢いよく開いて生徒会長である女生徒が姿を現した。坂本優だ。
満面の笑みを浮かべて、コンビニの袋を室内の３人に突き出した。
「なんですか、それ？」
洋介が聞くと、会長はフッフッフ、と不適な笑いを漏らした。
「よくぞ聞いてくれました。河崎君にしてはいい質問ね。」
「いや、河崎君にしてはってどういう意味ですか？！」
洋介はせっかく褒められたのに、またいつものようなくだらない質問をする。
「そのまんまよ。そんなことより、これが何かって聞いたわね。」
「そんなことよりって・・・・・」
言いかけてから、洋介は何かを悟ったらしく半ば口を止めてからため息をついた。
「これはねぇ・・・・・」
とりあえず、３人は会長の周りに集まり、会長が続きを言うのを待った。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
洋介とフィレーンがつばをごくりと飲み込み、十分に間が出来上がるころだった。
「水鉄砲ですか。」
谷口が袋の中身をちらりと見て、さらりと言ってしまった。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
会長が無言で間の抜けた顔を谷口に向けた。
「？どうしました？」
谷口はきょとんとしていた。
「ななななな何で言っちゃうのよ！！せっかく絶妙のタイミングで私が言おうと思っていたのに！！」
「は？」
「だから、私のせっかく作り出した雰囲気と演出効果がね、ね？！」
会長が必死で訴えたが、谷口は全くわかっていないようだった。
「え？いや、よくわかりませんが・・・・・その、すみません。」
どうやら谷口はあまり空気が読めない人間らしい。フィレーンはそんなことを思っていた。
しかし、水鉄砲とは思わなかった。この、雨のさなかに水鉄砲で何をするというのだろうか。
「ま、まあいいわよ。谷口くんは大体いっつもそんなんだし。」
「でも、水鉄砲なんかどうするんですか？雨ん中で撃ち合いしても楽しくもなんともありませんよ。」
洋介が言う。確かにそうだ。フィレーンも同意見だ。
「は？誰が雨の中で撃ち合いなんて面白くもなんともないこと何かするのよ。」
「じゃあ、室内か？」
フィレーンの言葉に坂本の瞳が輝いた。
「そう！雨の日に室内で水鉄砲によるサバゲーをするのよ。ワケがわからない感じでいいでしょ。」
「サバゲーってなんですか？」
谷口の質問に洋介が答える。
「サバイバルゲームの略ですよ。まあ、多分会長がやりたいのは水がかかったら負けってゲームでしょ？」
「そんな感じね。この階を範囲にしてやるんだけど、どう？」
フィレーンと洋介は顔を見合わせた。
暇つぶしにはちょうどいいが、制服がぬれてしまう上に、先生に怒られそうな気がする。
坂本はキラキラした瞳で二人を見ていた。
先に洋介がため息をついた。
「やりますよ。やればいいんでしょ。」
拒否権なんかあるわけがない。おそらく、そう思ったのだろう。
フィレーンもそれを理解して苦笑した。
「もちろん僕もやりますよ。」
坂本がにやりとした。
「ちなみに、負けた人間は最後まで残った人の言うこと何でも聞くのよ。」
「マジっすか？！・・・・よーし。それなら頑張るぞ。」」
洋介が俄然やる気を出す。
フィレーンには完全にどうでもいいことだった。
しかし、勝負ごとには負けたくない。
坂本が一つずつ水鉄砲を渡す。
「じゃ、水の補給は各自で勝手にやること。合図してから３０秒後にゲーム開始ね。」
「了解。」
「よーい・・・スタート！！」
洋介の目がかなり本気なことと、坂本の口元が笑みの形を描いていることを気にしながらフィレーンは水の補給に向かった。
谷口も、いつの間にかやることになっていたらしく、不思議そうな顔をしながら水道に向かっていた。

＊　＊　＊　＊　＊　＊　＊　＊　＊　＊
そろそろ３０秒が経過する。
フィレーンは廊下にたたずんでいた。
１階の見取り図は、この１ヶ月でだいたい頭に入っていた。
どうせ、至近距離からでなければ、命中しないのだ。変なところに隠れるよりは見通しのいいところにいたほうが懸命だろう。
水道があるのはトイレ周辺のみ。とりあえず、ターゲットは洋介だ。
一番行動がわかりやすい。
おそらくトイレで身を隠しているとかその辺だろう。
フィレーンは辺りを見渡し、誰もいないことを確認してからトイレへ向かった。
どうせ、しばらくしたら不安になって出てくるだろう。
ここで待ち伏せしているのが妥当な気がする。
開始から１分が経過した。
トイレの中から足音が聞こえてきた。
フィレーンは一瞬、他の生徒である可能性も考えたが、１分以上もトイレに入っている奴なんでそうそういない。
洋介か谷口だろうと考え、水鉄砲を構えた。
その際、周囲の安全を確認することも忘れない。
トイレの出口の前で足音が止まる。
ドアがゆっくりと開いた。
今だ！
フィレーンはドアを開けた人物に放水した。
「うわぁ！」
谷口だ。
続いてフィレーンの顔に水がかかった。
「あ」
「あらら」などと言っている谷口の後ろで洋介が不適な笑みを浮かべていた。
「いぇーい！俺の勝ち～♪」
「？？？どういうことだ？！」
混乱しているフィレーンを蔑んだ目で洋介が見ている。
「ふふん♪誰が単独で行動しなきゃならないって言った？」
「谷口先輩を盾にしたのか？！」
「盾にしたなんてそんな・・・・・・ちょーっと前を歩いてもらっただけさ。」
「まぁ、それを盾にしたって言うんですけどね。」
谷口は朗らかに笑っていた。
そうか、彼なら仲間に引き込むことができたのか。なるほど。
「そのセコイ考え方が野上そっくりだな。」
「はっはー！何とでも言うがいい。所詮は負け犬の遠吠えよ！」
いつもは、野上と似ているというと怒るのだが、上機嫌の洋介には効果はなかった。
「さーて、後は会長だけだな。」
勢いに乗った洋介は水鉄砲を構えて辺りを見渡した。
「あ、坂本さんなら女子トイレに入っていくのを見かけましたよ。」
谷口の情報に洋介は舌打ちをした。
「ちっ。あの野郎安全地帯に逃げ込んだか・・・・。」
「洋介。お前キャラ変わってるぞ。」
「俺は、これで勝利して自由を手に入れるんだ。いわば、自分自身の解放運動！正義は我にあり！！」
「うわぁ・・・完全に違う人になってますね。」
「隠れているなら出てくるまで待てばいいだけの話。居場所さえわかっていれば怖くもなんともないわぁ！！」
「おとなしい奴ほど、切れると怖いっていいますからね。」
フィレーンと谷口は完全に外野として洋介を眺めていた。
フィレーンは女子トイレの前で待ち構える洋介を眺めていた。
他の生徒がいなくて良かった。いたら、ただの変態になってしまう。洋介のことだからどうでもいいが。
一緒にいる自分たちまで同類にされるのは嫌だ。本当に他の生徒がいなくて良かった。
と、そんなことを考えてるフィレーンの視界の端で何かが動いた。
洋介の死角となる窓からひとりの女生徒が入ってくる。
フィレーンは気づかないフリをして洋介を眺めていた。
そういえば、普通トイレって窓があるよな。
坂本が洋介の後ろまで来て、水鉄砲を洋介の背中に向けた。
ピューと水が出て洋介のカッターシャツはその水を吸った。
「つめたっ！！」
洋介が叫んで後ろを振り向く。
坂本が笑顔で立っていた。
「私の勝ち♪」
洋介はその場に崩れ落ちた。

＊　＊　＊　＊　＊　＊　＊　＊　＊
「あれよね。結局普段と変わらないってことなのよね。」
洋介は生徒会室の掃除をしていた。
本来、何人かでやるものだろうが、勝者の命令である。
ちなみに、フィレーンと谷口はそれを眺めているだけである。
「誰が正義かわかったかしら？ねぇ。河崎くん？」
「はい・・・・、でも何で俺だけなんですか？」
「セコイ手段使ったからよ。先輩様を盾にするなんて許されるわけないでしょ。」
「いえ、別に私は構わないんですが・・・」
「谷口君が許しても、私が許さないからダメ。」
洋介がしかめっ面でフィレーンを指差した。
「栄地くんは生徒会役員じゃないもの。」
坂本がさらりと言ってのける。
「不条理だぁあああああ」
「うるさいわよ。さっさと掃除しなさい。」
洋介の悲痛な叫びは空しく宙に消えていった。

[day5:rainy season]END

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