day6:プール

夏の日差しがジリジリと痛い。
あまりの暑さにＴシャツの袖をまくり肩を出したのだが、その腕は見事にポッキーになっていた。
登下校と体育でついたＴシャツ焼けというやつだ。
肩から二の腕辺りまではあまり焼けていないのに対して、そこから指先にかけては綺麗に小麦色に焼けている。
洋介は同じような腕をした友人３人と学校の近くにあるプールの前に立っていた。
そして、洋介だけがうんざりした顔で向かいにいる人間を見ていた。
自分達とは違い、何故か全く日焼けしていない白い肌の金髪の少年、フィレーン。
「なんでお前がいるんだよ。」
「誘われたから来たまでだ。」
洋介の問いに、さらりとフィレーンは答えた。
「なんだよ、洋介。お前フィレーン誘わないつもりだったのか？」
ポッキー仲間である前島がのんびりと聞いてくる。
「まぁ、別にフィレーンは構わないんだけど・・・」
洋介はフィレーンをじっと見ていた。
だが、本当に洋介が気にしていたのはフィレーンの後ろにいる男だった。
あまり目を合わせたくないのもあって、あえてフィレーンの方を見ているのだ。
「あ、申し訳ありません。勝手についてきてしまって、フィレーンさんに誘われたので来たのですが・・・。」
フィレーンの後ろにいた男の「片方」が言う。身長は高く、細いのでスラリとした印象の男である。
休日なのに白いワイシャツと黒のスラックスを着ている。
ネクタイはつけていないものの、どうもプールを連想させない格好だ。
サラサラの黒髪に誠実そうな顔立ちは、この人の性格そのものを映し出していることを洋介は知っていた。
「いえ、開封さんはいいんです。来てくれて嬉しいぐらいですよ。」
これは実際、洋介の本音であった。
「じゃあ何が不満なんだよ。」
フィレーンの後ろにいた「もう一人」の男が言った。
開封よりは若干背が低く、これまた細いのだが、開封とは違い筋肉の引き締まった細さである。
洋介と同じ癖のある髪。黒シャツに色あせたブルージーンズと、ラフな格好をしている。
今はサングラスをかけているため見えないが、その目は「誰かを疑ったような」目をしている。
洋介の従兄であり、洋介が来て欲しくなかった人間。野上達也である。
「いえ・・・・何も、不満なんてありません。」
相変らず逆らえない洋介は、自分の気持ちを押し殺して、こう言うしかなかった。
「ごめんなさいね。勝手に来ちゃって・・・・」
野上の横にいた女性が少し申し訳なさそうに微笑んだ。野上の彼女だ。
「全然オッケーっス！！」
洋介を含めたポッキー腕の４人が同時に右手の親指を立てて同じことを言った。
「ほぅ。」
野上の冷たい声に、４人の背筋が凍る。
フィレーンがため息をついた。
「どうでもいいから、早く入ろうよ。」
「だな。」
フィレーンの提案に野上が同意する。
その目はサングラスで隠れているにも関わらず、この炎天下の中、４人の中学生を凍らせるだけの力を発していた。
野上は、４人を凍らせておいて、自分は彼女と一緒に中に入って行った。
フィレーンもその後に続く。
さらに、その後を開封が凍った四人に遠慮がちに入っていった。
「・・・・・やっぱ・・怖ぇな。タツ兄は・・・・。」
前島が小さな声で言った。
残りの三人は黙って頷いた。

＊　＊　＊　＊

「なんかこう・・・・スリリングなプールになったな。」
山本が浮き輪でぷかぷか浮かびながら、ポツリと言った。
「タツ兄の彼女キレイだねぇ・・・。」
門田が山本の浮き輪につかまっている。
「な。フィレーン呼んで正解だったろ？」
前島が平泳ぎをしながら得意げに言う。
「どこがだよ。」
ふてくされたように言ったのは洋介だった。
洋介は洋介で自分の浮き輪で浮いていた。
四人は上から見ると流しそうめんの機械のような楕円形の流れるプールで流されていた。
野上とその彼女を眺めながら。
洋介はなんとなく情けない気分でいた。
「何やってるんだよ。」
あきれた顔でプールの外から声をかけたのはフィレーンだった。
２５ｍプールで泳いでくると言っていたが、どうやらもうそれは終わったらしい。
後ろに開封もいる。
少し離れたところで、女子高生らしい２人組みが開封とフィレーンの方をチラチラと見て騒いでいる。
（そりゃ、普通に目立つよな。背の高いカッコイイ男と、金髪の中学生って）
劣等感を感じてしまうのは自分だけなのだろうか。
洋介はそう思うと余計に情けなくなってきた。
「そろそろお昼にしませんか？」
開封が笑顔で言う。
時計を見るともう１２時だった。
「そうですね。」
洋介は、情けない気持ちのまま、無理やり作った笑顔で答えた。
「あ、ホントだ。もう、こんな時間だったんだ。じゃ、上がるか。」
言って、前島がプールから上がる。
山本も続いてプールから出た。
洋介も、ゆっくりとプールの縁に足をかける。
「あーっ！！」
突然、門田が大声を上げた。
「うわっ！？」
ガンッ
驚いて足をすべられた洋介が、さっきまで足をかけていた縁に頭をぶつける。
そして。ドボンと音を立てて、洋介はプールの中に逆戻りしてしまった。
「おい！！大丈夫か洋介？！」
慌てて前島と開封が駆け寄る。
フィレーンと山本はそれを眺めていた。
少し間があって、ホラー映画のごとく、水面から腕がぬっと出てきた。
洋介の腕だ。
洋介は、腕の力で、サンショウウオのようにズルズルとプールから這い上がった。
「大丈夫・・・・じゃ・・・ない」
言って、洋介は力尽きた・・・・・・かった。が、しかし
「何が大丈夫じゃないだ。馬鹿かお前は。」
容赦ない前島のビンタが洋介を襲う。
開封が驚愕しているのが、洋介には一瞬だけ見えた。
「ってか、どうしたんだよ？門田。」
微塵も心配した様子のない山本が門田に聞く。
「うん。お昼ごはん代もってくるの忘れた。」
前島と山本がため息をついた。
「またかよ。悪いけど今日は貸せるほど持ってきてないぞ。」
「う、うん・・・・・。」
門田が寂しそうに頷く。
「じゃ、じゃあ、今日は私がおごりますよ。皆さんの分・・・」
洋介の心配もしながら開封が提案した。
途端に、寝ていた洋介が飛び上がる。
「マジっすか？！わーいやったー！！」
「やっぱり、お前大丈夫なんじゃねーか。」
前島が冷めた目で洋介を見ていた。
「わー、ありがとうございます。よかったな。門田。」
特に、良かったな。というニュアンスを感じない声で山本。
「うん。ほんとにありがとうございます！」
門田は素直に喜んでいた。

６人は野上とその彼女と合流し、昼食を食べた。
食べ終わって、少し休憩するとそれぞれ再び遊びに行くことになった。
「ごめん。俺、もうちょっと休んでる。」
頭を打ったこともあって、洋介はいまいち泳ぎに行く気にならなかった。
「そっか。じゃあ、仕方ないな。」
前島が少し残念そうに言ってくれたのが洋介の救いだった。
「フィレーン、今度は俺らと泳ごうぜ。」
が、前島はすぐさま笑顔でフィレーンを誘う。
「あ、いいよ。」
フィレーンが返事をすると、中学生４人はさっさと遊びに言ってしまった。
なんて友達がいのない奴らなんだろう。洋介は、それを痛感していた。
残ったのは洋介と大人三人である。
「あ、私もちょっと疲れたから休んでるね。」
『えっ？！』
彼女の発言に野上と洋介の声が重なる。
「だから、２人で遊んできて、ね。開封さんも。」
「え、あ・・・・はぁ。」
開封も驚いているらしく、呆然としたまま応える。
「ま・・・・まぁ、それなら、・・・そうするよ。」
野上も、そうとう驚いているようだった。
「それじゃあ、ゆっくり休んでください。」
開封は、自分が残ろうと思っていたのだが、「疲れたから」と言われてはどうしようもない。
野上を連れて、その場を離れていった。
そこにいられたら、彼女も逆に気を使うだろうと思ったからだ。
洋介は、野上の彼女と二人で残ることになってしまった。
一番今の状況に驚いているのは洋介だった。
ありえない状況だ。
周りからはどう見えるのだろう。
親子にしては年が近すぎる。姉弟に見えるのだろうか。
そんなことを気にしてしまう。
しかし、これはまたとない機会である。
これを機に聞きたかったことを聞いてみようか。
そんなことが頭によぎった。
でも、聞いていいものだだろうか。聞きたい。でも、聞いたらダメな気もする。
そんな葛藤が洋介の中で起こり、洋介の頭は段々ぐるぐるしてきた。
いや、聞こう。
洋介は決心して、彼女の方を向いた。
「あの・・・・」
「何？」
素敵な笑顔を返されてしまった。素敵過ぎて心臓がバクバクいっている。
「えと・・・・・ですね。」
「？」
キョトンとした顔も素敵である。どうしよう。
「聞きたい事があるのですが・・・・」
「何？」
洋介は何だが恥ずかしくなって、彼女から顔を背けた。
「タツ兄の何処がいいんですか？」
心底、それが謎だった。あんな男の何処がいいのか。
「え・・・・」
彼女はしばらく何も言わなかった。
ああ！困らせてしまった！やっぱり聞かないほうが良かったんだ！！
今更後悔しても遅い。洋介は罪悪感にさいなまれた。
しかも、もし、これがタツ兄に知れたら、自分はどうなるのだろう。
よく考えたら、これが一番怖いかもしれない。
「・・・やさしいから・・・かな？」
小さな声で彼女が言った。
「は？」
唐突な、しかも予想しなかった答えに洋介は間抜けな声を返した。
「表現の仕方が大雑把だったり乱暴だったりするけど、それって不器用なだけだと思うの。」
「はあ・・・」
彼女の顔は恥ずかしそうだったが、嬉しそうでもあった。
「不器用なあの人なりの精一杯の優しさが、なんか可愛くて・・・本当に周りの人を大切にしてるんだなって。確かに悪いところもあるけど、それも、ちゃんと自分で気づいてるし。」
ああ、この人本当にタツ兄のこと好きなんだ。
洋介は彼女の表情を見てそう思った。やっぱり、タツ兄には勝てない。
「でも、俺には全然優しくないっスよ。」
「そう？そんなことないと思うけど。」
「だって、タツ兄俺のこと下僕かパシリだと思ってますよ。きっと。」
洋介がそういうと、彼女はクスクスと笑った。洋介には理由がわからなかった。
ふと顔を上げると、野上が何かを両手に持ってこっちに向かってきていた。
そして無造作に両手に持っていたカキ氷を突き出す。
「ほら、喰っとけ。」
「ありがとう。」
彼女は笑顔でそれを受け取る。
「へ？」
洋介が唖然としていた。
「なんだ、洋介。お前、俺様のカキ氷が食えないとでもいうのか？あ？」
いつものように威圧的な態度でカキ氷を突き出す。
「い、いえ！滅相もありません。ありがたく頂戴いたします！！」
そして洋介はいつものように、へこへこと下手に出て、それを受けとった。
「ね？」
彼女が洋介に笑顔を向ける。
「あ、はい。そうッスね。」
洋介も笑顔を返す。
「なんだ？」
野上が聞くと彼女は「なんでもないわよ。」といって野上にイチゴシロップのかかったカキ氷を一口あげた。
「なんか、気持ち悪いな・・・・洋介、てめぇ俺の彼女に手ぇ出したら殺すぞ」
威嚇だけは忘れずに野上は去っていった。
洋介は、さわやかな気分で自分の好きなスカイブルーのカキ氷をほおばった。
カキ氷の冷たさが喉にしみた。

＊　＊　＊　＊

３時ごろ、プールを出て、フィレーンと開封、野上とその彼女は帰っていった。
残った若干ポッキーじゃなくなった腕の４人は自転車置き場に移動した。
「タツ兄の彼女とちょっとしゃべったんだけどさぁ・・・・」
洋介がふと口を開く。
「本当にタツ兄のこと好きみたいだった・・・」
ぼんやりという洋介に３人はブッと噴き出した。
「あたりまえだろ！」
前島が笑いながら言った。
「今さら何言ってんだよ・・・。」
山本が笑いをこらえながら言う。
「へ？」
３人の反応に驚いて洋介は混乱していた。
「そーだよ。だって、１０月に結婚するんでしょ？」
門田の言葉に洋介は一瞬固まった。

「何ーッ？！！！」

洋介の叫びが駐輪場に響いた。

[day6: プール]END

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