day8: second day

次の日の朝。
起きて顔を洗うと、フィレーンは軽くパンと牛乳を食べて、すぐに最寄の駅に向かった。
開封がいつ頃、実家に向かうかはわからない。
その上、その駅を使うかもわからないのだ。
今日一日、この駅で粘ってみて、それでダメだったら適当にその辺を観光でもして帰ることにしよう。
駅の改札が見えるベンチに座り、じっと待つ。
欠伸がでた。
ふと、これに一体何の意味があるのかと疑問に思う。
開封を見つけて、疑問をぶつけて、そしてどうするのだろう。
開封は答えてくれるのだろうか。
迷惑に思うかもしれない。
知らない土地で一人でいるのは不安である。
しかも、周りの人間はなじみのない言語でしゃべる。
一時期、独学で勉強したことがあったので、簡単な単語くらいは聞き取れるが、所詮その程度だった。
私。あなた。彼。彼女。行く。おはよう。こんにちわ。ごめんなさい。ありがとう。またね。
切れ切れの単語だけが頭に入ってくる。
道行く人がフィレーンを振り返る。
金髪の中学生がこんな朝早くからこんな所に座っているのがどうも気になるらしかった。
これなら、もしかしたら開封の方が自分に気づくかもしれない。
そんなことを考えながら、フィレーンは辺りを見回して開封を探していた。
たまに、それらしい後姿を見つけたが、横から見ると全然違う人だった。
いつも背広のイメージが強いので、もし私服を着ていたら見逃すかもしれない。
それが怖かった。
せっかくここまで来て、万が一通りかかったとして、気づかなかったらバカらしい。
しばらくすると人通りが多くなってきた。
通勤時間らしい。
フィレーンは天井を仰いだ。
この中にはいない。直感でそう思う。開封は人ごみは嫌いだ。
おそらく、人が減った頃にでものんびり現れるのだろう。
一通り通勤ラッシュも終わった頃に、フィレーンは空港で買ったスナック菓子を鞄から出して食べ始めた。
暇だ。とことん暇だ。とはいえ、目を離している隙に開封が通ったら困る。
一旦ベンチから立ち上がり、伸びをして改札の方へ歩き出す。
改札からホームの中を眺めてみるが、開封らしい人影はない。
ため息をついてベンチに戻る。
通り過ぎる人の数を数えたり、何をしゃべっているのか聞き取ろうと耳をすましたりして時間をつぶす。
電車から降りてきた人がどっと出てくると、決まって数がわからなくなり、また1から数えなおしていた。
もう、昼になっただろうか。空腹を感じてフィレーンは何か食べ物を買おうかと考えた。
何度目になるかわからないが、ベンチから立ち上がり売店に向かう。
改札に向かう人の進行を横切る。
フィレーンを避けて通過していく人の中に、一人立ち止まった人間がいた。
長身で細身の・・・・・・・・
フィレーンは、視界の端に捕らえたその人物に振り向いた。
向こうもこちらを見ていた。目が合った。
「あ。」
口から、なんら意味のない音が漏れる。
向こうも同じような間抜けな顔をしていた。
口が半開きだ。
「フィレーンさん？！」
突然、見知らぬ世界の中で日常の声がしてフィレーンはいつもの調子で答えていた。
「やあ、開封。どしたの？」
つかつかとこちらに早足でやってくると、男はフィレーンをまじまじと眺めた。
「いえ・・・・どしたのって・・・・。何をやっているんですかこんなところで？！」
「ん・・・開封を追いかけてみた。」
「はぁッ？」
素直に答えたのだが、開封は良く分からない顔をしていた。
「追いかけてみたって・・・・私、行き先も教えていないのに」
「野上に聞いた。」
「タツだって中国としか知りませんよ。」
「うん。そう聞いた。」
「いえ、ですから・・・・・」
開封は言いかけてため息をついた。
「中国の何処かもわからないのに来たんですか？」
「うん。」
「会えなかったらどうするつもりだったんですか？」
「会えたし。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
開封は困った顔をしてフィレーンを見ていた。
フィレーンはそれに気づいていながら、開封の目をじっと見ていた。
開封が何か言おうと口を開きかけたときだった。
ぐきゅう。と、フィレーンのお腹が切なげになった。
開封は出しかけた言葉を飲み込み、代わりに違う言葉を吐き出した。
「・・・・何か、食べましょうか。」
「うん！」
フィレーンの満面の笑みに、開封はどうしたものかと頭をかいたのだった・・・・

昼食を終え、二人は開封の乗ろうとしていた列車に乗った。
そうとう長いらしい。
開封とフィレーンは並んで座っていた。
乗客は少ない。
開封は本を読んでいた。
フィレーンは聞きたいことはたくさんあったのだが、なんとなく聞きにくくて話を切り出せずにいた。
しかたなく、窓の外を眺める。
通り過ぎていく風景が、寂しい。
なんのためにここに来たのだろう。
本を読む開封の横顔は、話しかけないでくれ。と言っているように見えた。

[day8:second day]END

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